健康で長生きするためには、腸内環境を整えることが大事。では、具体的にどうすれば、腸を元気にして、健康“腸”寿を実現できるのでしょうか? この連載では、これまで約4万人の腸を診てきた腸のエキスパートであり、腸に関する数多くの著書を手掛ける消化器内科医の松生恒夫さんが、腸を元気にして長生きするための食事や生活の秘訣を、エビデンス(科学的根拠)に照らしながら紹介していきます。今回のテーマは「過敏性腸症候群」です。
通勤の電車に揺られていると、お腹がゴロゴロしてきて、トイレに行きたくなってしまう。実際に駅に着くなりトイレに駆け込んだり、途中下車しなくてはいけなかったりする。あるいは、重要な会議や面談など緊張する場面の前には下痢をしやすい――。
こんな経験をしたことのある人や、今も困っているという人は多いかもしれません。特に、新年度を迎える春は、入社や転職、異動、引越などで環境が変わったり、新たな気持ちで仕事に向かったりすることで、いつもより緊張して気づかぬうちにストレスがかかり、腹痛や下痢、あるいは便秘を繰り返すことがあります。
このように、腸に何らかの病気(潰瘍や炎症、腫瘍などの器質的な異常)があるわけではなく、緊張や不安、不快といったストレスが要因となって、腹痛や下痢、便秘を繰り返す場合は「過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome;IBS)」の可能性があります。
日本消化器病学会によれば、日本人の10人に1人が過敏性腸症候群であると推測されており、決して珍しい症状ではありません。今回は、この過敏性腸症候群について解説したいと思います。

「腹痛」がないと診断基準には当てはまらない場合も
過敏性腸症候群は、お腹の痛みや不快感があり、便秘や下痢など排便の回数や便の形状に変化が見られる状態が数カ月以上続くものの、検査をしても腫瘍などの病気や異常は見つからないときに考えられる疾患です。
診断には、ローマ委員会(消化器の専門家による国際的な組織)が定めた「ローマ基準」が世界的に用いられており、現在は2016年に発表された「ローマIV基準」が採用されています(日本では、日本消化器病学会が2014年に作成したガイドラインが最新のもので、2006年のローマIII基準に基づいています)。
過敏性腸症候群の診断基準(ローマIV基準)
6カ月以上前から症状があり、過去3カ月に週に平均1回以上の腹痛があり、以下の3項目のうち2つ以上に当てはまる場合
1)
排便によって腹痛の症状がやわらぐ
2)
排便の頻度が腹痛の症状とともに変化する
(便の回数が増えたり、減ったりする)
3)
便の形状が腹痛の症状とともに変化する
(便の形が軟らかくなったり、硬くなったりする)
このように、現在の診断基準では「腹痛」があることが前提とされています。一方、2016年の改訂前の「ローマIII基準」では、「過去3カ月の間に、月に3日以上にわたって腹痛や腹部不快感を繰り返す」ことが前提とされていました。
患者さんを日々診療している消化器専門医の立場としては、現在の「ローマIV基準」は現場にはそぐわない面もあると思っています。というのも、腹部不快感をなくして腹痛に限ってしまうと、日本では多くの人が診断基準に該当しなくなってしまうからです。
私の所感としては最初に述べた通り、潰瘍やがんなどの腸の病気の可能性を除外した上で、「お腹の痛みや不快感を伴う排便の異常が数カ月以上続く」場合は、過敏性腸症候群が疑われると考えればよいと思います。