日経グッデイ

がんになっても働きたい

医師は「会社で働く私」をイメージできない…働きたいがん患者の悩み

国立がん研究センターがん対策情報センター 高橋都さん(上)

 福島恵美=ライター

 がんと診断された後も、働き続けたいと考える人は多い。収入を得られるだけでなく、仕事をすることで、社会とのつながりが感じられたり、生きがいを得られたりするからだ。とはいえ、がん患者が仕事と治療を両立できる環境は十分に整っていない。

 がんになった後も、安心して働くためにはどうすればいいだろうか。自身もがんになったライター、福島恵美が、がんになっても希望を持って働き続けるためのヒントを探るシリーズ。今回は、国立がん研究センターがん対策情報センターがんサバイバーシップ支援部部長の高橋都さんに、がんと就労の問題における課題を聞いた。

国立がん研究センターがん対策情報センターの高橋都さん

患者インタビューで仕事の大切さに気付く

高橋さんは、がん患者の就労支援に関する研究に、積極的に取り組んでおられます。このテーマに関わられるようになったきっかけをお聞かせいただけますか。

 私はもともと、一般内科医として働いていたのですが、30代半ばで大学院に入りました。病気になった人が社会の中でどのように生きていくかに興味があって、研究者に方向転換したのです。

 今から15年ほど前に、35歳未満の若い乳がん患者さんの悩みを調査するインタビューをしました。パートナーへの病気の伝え方、性や出産のことなど、いろいろな悩みがありましたが、中でも多くの方が語ったのが仕事の悩みでした。自分の病気を職場の人に理解してもらえなかったり、仕事と治療の両立が難しかったり。私には目からウロコでした。社会の中で生きる人の暮らしを学びたいと思っていたのに、仕事が視野に入っていなかったのですね。インタビューを通して、病気が仕事に及ぼす影響が気になり、私の周りにいる医療者に伝えると、「がん患者さんにとって、仕事ってそんなに大事なことなのかな?」という反応でした。当時はほとんど興味を持たれていなかったのです。

 ところが、2009年に厚生労働省が公募した研究費プロジェクトで、「がんと就労」というテーマが初めて出ました。申請したところ、幸運にも翌年から研究予算が付き、このテーマに取り組めることになりました。それ以来、同じような問題意識を持つ仲間たちと一緒に、研究を続けています。

医療者と職場の担当者にある認識のズレ

がん患者の3人に1人が働く世代といわれ、治療と仕事の両立は重要な課題になってきています。両立する上で大切なことは何でしょうか。

 がんと就労の問題でとても大事なのは、患者さん本人を仲立ちとして、主治医と職場がよくコミュニケーションをとり、正確な情報を、過不足なく共有することだと思います。

 ところが、一般的に医療者は、患者さんの病気と直接関係のない仕事のことを根掘り葉掘り聞くことをためらいがちです。たとえ聞いたとしても、医療者のほとんどは医療機関でしか働いたことがありませんから、社会一般の働き方を必ずしもよく分かっていません。一方、職場関係者も、個人情報である病気のことを詳しく聞くことをためらいがちです。互いに躊躇(ちゅうちょ)していては、よいアイデアは出ませんよね。

 また、職場関係者は、主治医は患者について何でも分かっていると考え、「職場ではどう気を付ければいいですか」と、就業上の配慮を問い合わせてきます。でも、アドバイスをするには、患者さんご本人の仕事の内容や職場のルールなども知る必要がある。さらに、職場関係者と情報を共有するにあたっては、患者さんご本人が同意していることが前提です。情報は、医療者が患者さん本人に説明している範囲にとどめる必要もあります。主治医と職場のコミュニケーションは、そういう注意を払いながらの双方向の情報交換だと思います。

 そこで橋渡しができるのが患者さんご本人ではないでしょうか。治療のことと、職場のこと、両方を一番よく分かっているのはご本人。患者さんがご自分の状況をよく理解し、職場に説明できると、職場から支援を引き出しやすくなります。自分はどんな病気で、これからどういうスケジュールで治療するのか。予想される副作用やおよその期間はどうか。そのあたりを職場と共有できれば、その情報をもとにして職場も対応しやすくなりますよね。

 けれど、そうなるには、医療者が病気の内容や治療法、副作用などを患者さんに分かりやすく説明することが必須です。そもそも病状について分かりやすく説明するのは医療者の務めですし、それが最大の就労支援にもなると思うのです。

「働く私」を主治医に理解してもらうには

医療者が一般的な会社をあまりご存じないのであれば、患者から仕事内容を積極的に伝えていかないといけませんね。私の場合はフリーランスですが、「抗がん剤治療の間に、こういう取材をしたいのですが行ってもいいですか」など主治医に具体的に聞きました。

 仕事の内容を詳しく説明されたのは、主治医にとってありがたいことだったと思います。患者さんの仕事が具体的にイメージできますから。そもそも多くの医療者は、目の前の患者さんを「治療に専念する人」と思いがちで、その人が働く姿を想像することが少ない。医療者の一番の任務は、患者さんに適切な治療を安全に提供すること。病院という場では、治療と仕事の両立支援の優先順位は必ずしも高くないのが現実です。ですが、患者さんのほうから「働くためにどういう工夫をすればいいか、アドバイスをください」と質問していただけると、医療者も一緒に考えやすいのです。

医療者から患者に「あなたは働いていますか」とは、聞いてくれないのですね。

 働く患者さんのサポートに関心を持つ医療者は明らかに増えてきていますが、まだ少数派かもしれませんね。治療と仕事の両立支援に関して、医療現場の問題意識は職場よりも遅れていると思います。「患者さんが働いているかどうか、確認しましょう」「早まって仕事を辞めないで、と伝えましょう」との働きかけが、医療現場でようやく始まったところです。

 がんと診断されて仕事を辞めた人の約4割は、最初の治療が始まる前に離職を決断しているという調査があります。慌てて辞めると、せっかく使える支援制度を知らないままになってしまいます。突然がんと診断されたら誰でもビックリすると思いますが、離職するかどうかの判断は状況をよく見極めて、時間をかけてからでも大丈夫です。

働き方を考えるために必要な医学的状況を医療者に聞く

主治医に仕事のことを相談しても大丈夫ということですね。

 もちろんです。病状や治療について、ご自分が仕事をする上で心配事があったら、遠慮なく医療者に聞いていただきたいです。治療で起こる副作用には個人差がありますが、ある程度は予想できますから。

 例えば、トイレが近くなるのなら、「通勤で1時間電車に乗るけれど大丈夫でしょうか」など、自分の仕事への影響を理解するために主治医に聞いてみる。抗がん剤治療をするのに休職するか迷うのであれば、外来治療で乗り切れる人がどのくらいいるのか、聞いてみる。1クールやってみて副作用の出方を見てから休職を考えたらどうかとアドバイスされ、思ったほどつらくなかったので結果的に入院しなかった患者さんもいます。

 医師に質問しにくかったら、看護師や薬剤師など、いろいろな医療者をつかまえて遠慮なく聞いてみてください。みんな忙しく見えますが、どんな医療者も患者さんの役に立ちたいと思っています。病院で働く多職種の医療者が、それぞれの技量を生かして患者さんの仕事の支援をしていけるよう、医療現場も一層取り組まねばなりません。

(カメラマン 村田わかな)

※後編では、治療と仕事を両立する上での職場の工夫や患者の心構えを伺う。

高橋都(たかはし みやこ)さん
国立がん研究センターがん対策情報センターがんサバイバーシップ支援部部長
高橋都(たかはし みやこ)さん 一般内科医として勤務した後、東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻に進学。博士課程修了(保健学博士)。同大学医学系研究科講師、獨協医科大学医学部准教授などを経て、2013年から現職。がん患者の生活の質やサバイバーシップに関する研究に従事。がんになった後の暮らし全般、特に患者本人や家族の就労問題に取り組んでいる。