がんになった医師、生き甲斐を考えて選んだ治療とは
放射線腫瘍医 唐澤久美子さん(下)
福島恵美=ライター
ある日、がんになったら、今まで続けてきた仕事はどうすべきか――。自身もがんになったライター・福島恵美が、がんと診断されても希望を持って働き続けるためのヒントを、患者らに聞いていく。2017年に乳がんになった、東京女子医科大学教授で放射線腫瘍医の唐澤久美子さんに、前編「予定通りがんになった医師 『仕事は辞めなくていい』」ではご自身のがん体験や専門の放射線治療について聞いた。後編ではQOL(クオリティー・オブ・ライフ=生活の質)(*1)を「人生の質」と捉え、治療を選択する考え方を伺った。

自分の人生にとって何が大切なのかを指標に
唐澤さんは、ドキュメンタリー映画「がんになる前に知っておくこと」(2019年2月2日からロードショー、全国で順次公開)に対話者の一人として出演され、QOLを「人生の質」と考えて治療を選ぶことの大切さを語っておられます。ご自身ががんになってから、その考えに行き着いたのでしょうか。
QOLを「人生の質」と考えるのは当然のことです。がん患者さんを30年間拝見し、ずっとそう思って生きてきています。自分ががんになって、初めて気付くような医師ではダメですよね。
自分の人生にとって、何が大事なのか。人生の目的や生きがいは、人ぞれぞれです。私は、生存率をただ上げるための治療を一方的に勧めるのではなく、患者さんの考えを聞いて、その人にとって大事なことをどれだけ達成できるかを指標にして、相談の上で治療を組み立てるべきだと思っています。
私の場合は、乳房温存手術の前に、抗がん剤治療をするのが標準治療(*2)でした。しかし、もともと薬に弱い体質で、副作用が強く出て具合が悪くなり入院したので、「廃人のようになって生きるよりも、医師として仕事をし、人の役に立ちたい」と思い、抗がん剤治療を断念しました。
標準治療はすべての人にベストとは限らない
標準治療をすることが、必ずしもベストとはいえないケースもあるということですか。
標準治療を行うことは基本です。だから、標準治療をやめなさいと言っているわけではありません。ただ、それがすべての人に最も良い治療とは限らないということです。医師は患者さんの体力や年齢、合併症などの体の状態をみた上で、その方の考えを聞き、社会的な状況などを総合的に判断し、その人にとって最も良い治療を提示すべきだと思います。
同じがんであっても、治療法は一人ひとり違います。患者さんの話(物語)をよく聞き、その人の考えや生活を尊重する医療の取り組み「ナラティブ・ベイスト・メディスン(NBM)」(物語と対話に基づく医療)ができることが、医師には求められるのではないでしょうか。
*2 科学的根拠に基づいた視点で、現在利用できる最良の治療とされ、ある状態の一般的な患者に、使われることが勧められている治療
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