日経グッデイ

がんになっても働きたい

予定通りがんになった医師 「仕事は辞めなくていい」

放射線腫瘍医 唐澤久美子さん(上)

 福島恵美=ライター

ある日、がんになったら、今まで続けてきた仕事はどうすべきか――。今、がん患者の3人に1人が働く世代(15~64歳)といわれている。しかし、告知された患者が慌てて離職したり、雇用する企業が患者の対応に困惑し、うまく就労支援できなかったりすることが少なくない。自身もがんになったライター・福島恵美が、がんと診断されても希望を持って働き続けるためのヒントを、患者らに聞いていく。第3回は、放射線腫瘍医で2017年に乳がんになった東京女子医科大学教授の唐澤久美子さんに、がんについて思うことやがんの三大治療の1つ、放射線治療について伺った。

放射線腫瘍医で2017年に乳がんになった東京女子医科大学教授の唐澤久美子さん

乳がんになったのは「予定通り」!?

唐澤さんは、どのようにして乳がんが見つかったのですか。

 定期的に自分で触診をしていましたが、その頃しばらく触っていなくて、久しぶりにお風呂で触診をしてしこりに気付きました。その日のうちに勤めている大学病院の乳腺の医師に連絡し、翌日、生検をしてもらい、乳がんと診断されたのです。うちの家系はがんになっている人が多く、私もたぶん乳がんになるだろうと思っていたから、言ってみれば「予定通り」。58歳でがんになるのは、家族の中では遅いほうです。

 乳がんのタイプにより主治医から、手術前の抗がん剤治療を勧められました。私は乳腺専門医でもありますし、乳がんの治療のことはよく分かっていますので、手術前の抗がん剤治療を選択しました。もともと薬に弱い体質で、抗がん剤治療が予定通りできるか心配していたのですが、案の定、薬疹(*1)や下痢、白血球減少による憩室炎(*2)などの副作用が強く出て入院することに。このままでは医師としての務めが果たせないと考え、標準治療(*3)の薬物療法は途中でやめて、乳房温存手術を受けました。

 乳房温存手術は、がんの中では比較的簡単な手術で、入院したのは水曜から土曜の4日間。外来診療を1日休みましたが、翌週の月曜から外来診療し、その日は依頼された講演会の予定も入っていたので夕方から講演しました。手術で切っているから傷口はしばらく痛みます。でも、仕事の支障にはなりませんでした。

 その後、自分で放射線治療計画を立てて放射線治療をし、現在は抗がん剤とホルモン剤を服用しています。放射線治療中も普通に仕事ができ、日ごろから自分の患者さんに言っていた通り、放射線治療は大したことはなかったです。

 もちろん放射線治療に限らず、手術も抗がん剤治療も、がんの治療には副作用があります。放射線治療なら照射する部位や範囲、放射線の種類などによって色々な副作用が出ますが、その症状や程度は様々です。私の場合は照射した部位の一時的な軽度の皮膚炎、発汗低下と皮脂欠乏程度です。

2人に1人がなるがんは普通の病気

がんを経験する前と後で、変わったことはありますか。

 何も変わらないですね。強いて言えば、自分ががん患者になったことで患者さんに気兼ねがなくなったことでしょうか。患者さんの中には心身がつらくて、「先生は患者の気持ちが分からないでしょ」と言われる方がありましたからね。その言葉は言わせませんよって(笑)。

 今は2人に1人ががんになります。だから私はがんを特別な病気だと思わないし、そのように思ってほしくありません。「どうして私ががんになるんですか」「うちの家系にがんになった人はいないのに」とおっしゃる方がありますが、今はがんになるのは普通のことです。がんになって治るのも普通のこと。「がんは治らない病気」という根拠のない思い込みも、やめてもらいたいですね。

 昔、結核は不治の病といわれ、「なったら死んでしまう」という時代がありました。それと同じことです。何十年かたてば、がんを恐れていたことなど、皆、忘れてしまうでしょう。「がんなのにマラソンを走った」「がんなのに仕事を続けている」とがんを特別視して、あたかもすごいことのように、マスコミに取り上げられるのは嫌ですね。がんになっても仕事をするのは、当たり前のことですから。

仕事は辞めなくてもいいと医療者は伝えるべき

インタビュアーである私自身、がんを経験していますが、私の場合、一人暮らしの独身なので、がんになってライターの仕事を辞めるという考えはまったくありませんでした。ただ、まだ多くの人が「がんになると治らないのではないか。働けないのではないか」と思っているように感じます。

*1 薬物を投与したことが原因で生じる発疹
*2 胃や腸などの臓器の壁面が拡張してできた袋状の出っ張り「憩室(けいしつ)」に、炎症が起こった状態
*3 科学的根拠に基づいた視点で、現在利用できる最良の治療とされ、ある状態の一般的な患者に、使われることが勧められている治療

 「がんになったら働けない」と多くの方が思っているようでは困りますね。がんでも仕事ができることを患者さんがご存じないのなら、「仕事は辞めなくてもいい」と医療現場の人が言ってあげるべきでしょう。「病気だから仕事を辞めて、治療に専念してください」というレベルの医療者がいるとしたら、それはよくない。患者さんの社会生活のこと、仕事のことを理解できるように、教育していく必要があると思います。

各学会が出している患者向けの本は参考にしやすい。上は『患者さんと家族のための放射線治療Q&A 2015年版』(日本放射線腫瘍学会編)

 ただし、患者さんも医師の言葉をうのみにしないで、主張すべきことはしないといけないですね。信頼できる情報源をもとに自分の病気のことを勉強して、主治医の言うことが理解できるくらいの知識を、ある程度身に付けてほしいです。話を聞いたけれど頭の中が真っ白で、どうしていいのか分からない、という状況はよくないと思います。

 国立がん研究センターの一般向けウェブサイト「がん情報サービス」を見たり、放射線治療を受けられるなら日本放射線腫瘍学会、乳がんの方なら日本乳癌学会など、各学会で出している患者さんのための診療ガイドラインの本を読んだりして勉強されるといいですね。

機能と形態の温存が放射線治療の最大のメリット

唐澤さんは、2019年2月2日からロードショーが始まったドキュメンタリー映画「がんになる前に知っておくこと」(全国で順次公開)に、対話者の一人として出演されています。映画のナビゲーターである女優・鳴神綾香さんに、放射線治療について説明されました。改めて放射線治療のメリットをお教えください。

「治療の選択次第では、それまで通りの仕事を続けることも可能です」

 放射線治療は手術と同じように、がんがある部分だけを治療する局所療法です。最大のメリットは、機能と形態の温存ができること。映画の撮影時にお話しした舌がんなど頭頸部のがんは、手術で取ると日常生活に支障が出るので、放射線治療が第一の選択肢になります。舌がんになった落語家の方は、手術で舌を切除するとしゃべれなくなるので、切らずに放射線治療を受けて真打ちとしてご活躍です。

 欧米ではがん患者さんの半分以上が放射線治療を受けていますが、日本ではいまだに30%程度。先進国の中では大変低いです。被ばく国であり、過去に放射線被ばく事故が起きたことで「放射線=悪」というイメージを持つ人がいるからでしょう。ですが、日本には放射線治療施設が約800カ所あり、国の面積から考えると実は多いんです。日本放射線腫瘍学会では放射線治療の良さを伝えるために、患者さん向けの講演会の開催やウェブサイトでの情報提供などを行っています。

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 唐澤さんのインタビューの後編では、出演したドキュメンタリー映画「がんになる前に知っておくこと」でも言及していた「QOL(生活の質)は人生の質」という考え方を紹介する。

(カメラマン 村田わかな)

唐澤久美子(からさわ くみこ)さん
東京女子医科大学 医学部長・放射線腫瘍学講座教授
唐澤久美子(からさわ くみこ)さん 1986年東京女子医科大学放射線科入局。同大学放射線医学講座講師、順天堂大学医学部放射線医学講座助教授などを経て、2011年放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院治療課第三治療室長。15年東京女子医科大学放射線腫瘍学講座教授・講座主任。18年4月から同大学理事・医学部長。専門分野はがん放射線療法(とくに乳がんなど)、粒子線治療。放射線治療専門医、がん治療認定医、日本乳癌学会乳腺専門医