日経グッデイ

ストレス解消のルール

怒りをまき散らすあの人のパワハラ、じつは「耳の老化」が原因かも

聞こえないストレスと、「話が下手」と思われるストレスを解消するルール

 結城未来=健康ジャーナリスト

 プレゼンや上司への報告の際に、「君は何を言っているのか分からない」「ちゃんと言いたいことを伝えろ」、そんなふうに言われたことはないだろうか? 原因はあなたの「説明下手」……ではなく、実は、言っている方も言われた方も気づいていない、聞き手の「耳の衰え」が怒りのパワーにつながっている可能性がある。

 「聞こえない」人のストレスと、「話が下手」というレッテルを貼られる伝える側のストレスを解消するルールを、健康ジャーナリストの結城未来が東京逓信病院耳鼻咽喉科の八木昌人医師に教わった。

上司に、あたかもあなたが「説明下手」のような言い方をされたことはないだろうか。もしかしたら、原因は別のところにある可能性も…。写真はイメージ=(c)Dean Drobot-123RF

30代から聴力は衰え始める!

 「最近、近くが見えなくなってね」「若い頃はメガネが必要なかったのに文字が読めなくなって……」などと自虐的に「老眼」が会話に上る。こういった光景は正直、そう珍しくはない。

 ところが「耳の老化」に関しては、そうはいかない。「聞こえない」ことを自覚しない、あるいは認めないまま、ともすれば前述のように「パワハラ」になりそうな場面が多い。

 かくいう私も、常に周囲に怒りをまき散らしている人間に数回遭遇したことがある。観察をしていたら、実は「よく聞こえない」ためのいら立ちが怒りのパワーに変わっていることに気づいた。その証拠に、怒っている側は「聞こうとするシグナル」をさかんに出していたのだ。

 片耳を相手側に向ける場合もあるが、真剣な目で顔を見たり、書類に目を通すふりをしながら耳をそばだてていたりと、そのシグナルは様々だ。

 そもそも、「聞こえづらさは高齢者特有のもの」というイメージを持つ人は少なくないだろう。そのイメージゆえに、「聞こえない」ことを周囲に告白できず、コミュニケーションに支障が出るのかもしれない。

――八木医師「実際には、30代から聴力は衰え始めています。顕著に不具合を感じるのは50、60代が多いですが、30代でも50代の聞こえ方になっている人もいます。不便の感じ方も人それぞれで、個人差は大きいですね」

立木孝、日本人聴力の加齢変化の研究、Audiology Japan. 2002;45(3):241-250.より改変
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長時間、大音量にさらされ続けることが衰えの原因に

 聴力が30代で衰えるか、それとももっとあとまで大丈夫か。その差は、どこからくるのだろうか?

――八木医師「耳は、エネルギーの大きい音が苦手なのです。長時間大きな音を聴き続けることは聴力が早く衰える原因の一つです」

 例えば、工事現場、工場、飛行場などで働いている人は、常に騒音にさらされている。そこで、「騒音性難聴」で聴力を落とすリスクを避けるため、指定のヘッドホンでの保護や定期的な検診が義務づけられている職場も多い。

――八木医師「特に85デシベル以上の大きい音を長時間聞くことは、耳の奥の内耳に影響が出やすいのです」

 85デシベルというのは、例えば地下鉄車内の音らしい。でも、それほど大きい音だと思ったことはないのだが……。

――八木医師「うるさく思えないのは、同じ音量が続いているわけではないからです。問題は、電車内の音というよりも、電車内で聴く『イヤホン越しの音』ですね」

 通勤時などの移動時間を使ってヘッドホンで音楽などを楽しんでいる人も少なくないだろう。大きい音を立てる電車の騒音に負けじと85デシベル以上の強い音を長時間聞く生活を続けていると、早いうちから聴力は落ちやすいという。

写真はイメージ=(c)rawpixel-123RF

――八木医師「イヤホンから周囲に音が漏れる場合、イヤホンから出ている音は85デシベルを超えていると思ってください」

 周囲には聞こえない程度の音量が、耳の劣化の予防と周囲に対するマナーにつながる。この目安は、ぜひ覚えておきたい。

――八木医師「大きい音などで傷めてしまった内耳は治せませんから、若い頃からの予防はとても大切です」

 え!? 一度傷めてしまうと、治せないとは!? これは初耳!?……というか、意外と気づかれていない点ではあるだけに、気を付けなければいけない。

 他にも、「耳の老化」が早い人に共通する点、陥りがちな間違いなどはないのだろうか?

――八木医師「実は、患者さんに共通する点があるのです。肥満体形、糖尿病、高血圧などに当てはまる患者さんは、若くても平均値よりも『聴力が悪い』人が多いという印象があります」

 カロリー制限をすると、制限をしないよりも年をとった時に聴力が良かったという報告も、動物実験レベルであるそうだ(*1)。

――八木医師「ハッキリとしたデータはありませんが、耳には細い血管が走っていますので、生活習慣病や過度なストレスも、耳の血管を詰まらせて耳の機能を落とす一因になるのではないでしょうか」

 気づいた時から生活習慣病の治療やストレス解消をすることは、耳の老化を遅らせることにもつながりそうだ。

誰にでも聞こえる話し方は?

 それにしても、「聞こえる人」と「聞こえにくい人」が混在するのが、「職場」や人の集まる「コミュニティー」だ。ストレスなくスムーズにコミュニケーションをとるには、「誰にでも聞こえる話し方」をする必要がありそうだ。そのためのルールを教わった。

<「誰の耳にも伝わりやすい話し方」5つのルール>
(1)「発音はハッキリと。モゴモゴした話し方はNG」
⇒伝わりにくい話し方は、聴力の良しあしに限らず、印象が悪い。上手に話せなくても、一生懸命に伝えようとする姿勢なら好感度も上がる。
(2)「『子音』を意識した話し方をしよう」
⇒「聞き間違いは、母音では少なく子音で生じることが多い」(八木医師)。例えば、「バ」を「ビ」と間違えることはないが、「バ(ba)」を「ダ(da)」や「ガ(ga)」など、同じ母音の違う子音に聞き間違えることが多い。
(3)「『高音』は『聞こえづらい音』と思おう」
⇒「加齢とともに、高音から聞こえづらくなってきます。体温計の電子音、さらに携帯やスマートフォンの着信音でも高い音が混じっていると、聞き逃すことがあるくらいです」(八木医師)。会話の中でも急に高い音が入ると、聞き逃すことがあるという。
(4)「早口はNG。ゆっくりめに話そう」
⇒「耳から入った音の振動は電気信号に変換されて脳に伝わります。加齢とともにこの情報を処理するスピードも遅くなるので、早口では伝わりにくくなります」(八木医師)
(5)「大声での会話は逆効果」
⇒聞こえにくい人に対しては、「大声で話せば伝わるだろう」と誤解しがちだ。しかし、「加齢とともに、聞きやすい音量の幅は狭くなってきます。小さい音は小さくしか聞こえませんが、大きい音は一定レベルから急に過度に不快な音として伝わります」(八木医師)。普段発している声よりも少しだけ大きな声で話すくらいにとどめよう。

写真はイメージ=(c)Luca Bertolli-123RF

 大勢の人が集まる会議や営業の場など、あらゆるシーンで「聞こえの悪い人」と会話をする可能性はある。「言葉をきちんと伝える」ためにこのルールを守るように心がければ、好感度も上がることだろう。

 一方、「聞こえ方を改善する」環境面での取り組みもあるようだ。

 そこで、「聞こえ方」をフォローする「吸音パネル」の素材も手掛けているクラレクラフレックスの販売担当・栗原大輔さんに話を聞いてみた。

聞こえが悪い会議室、「残響音」が原因?

 そもそも「吸音」というと、うるさい音をカットするというイメージがある。どうも、そうでもないらしい。

*1 『JOHNS』(東京医学社 2012年1月号 p113-119)

――栗原さん「そう誤解される方も多いようですね。工事の音など室外の騒音をカットするのは、『遮音対策』です。でも、『吸音』は室内に響きわたる音をカットする『残響音対策』なのです」

 「残響音」というのは、トンネル内で大きな声を出したり、手をたたいたりすると響く、あれだろうか? そうなると、コンサートホールや体育館などの特殊で広い空間のみの問題のような気もする。

――栗原さん「いえいえ、そんなことはありません。気づいていないだけで、大抵の空間に残響音はあります。特に会議室などの密閉された空間では、残響音で会話が聞きとりづらくなることが多いのです」

 室内で会話をすると、声は壁や天井にぶつかる。すると、壁でぶつかった音はまた別の壁に向かってぶつかり……と、あらゆる方向で反射を繰り返すのだそうだ。

――栗原さん「例えば、互いに10メートル離れた平行な壁で毎秒30回程度反射することが分かっています。この反射エネルギーをそがなければ、反響した音が次々に耳に飛び込んでくるので情報が伝わりにくくなります。『吸音パネル』は会話に必要な音域を中心に残響音を吸収し、声がストレートに耳に入るようにするものなのです」

 身近な室内でも、そんなに残響音があったとは!? 「この部屋では、なんだか会話がしにくいなぁ」と無意識に感じることがあったのは、残響音のせいかもしれない。

 どういう構造で吸音材は吸音をするのだろうか?

――栗原さん「音の振動エネルギーを繊維と繊維の間の空気の運動に変換するのです。スポンジをイメージしてください。隙間を小さく密な構造にすることで、吸音率も高まります。吸音材を厚くすれば当然、さらに吸音率は上がりますが、厚くすると重くなり扱いにくくなります。細い繊維を密な構造で仕上げ、扱いやすい薄さにすれば、さまざまな場所で使えます」

 さまざまな場所……ということは、会議室の壁に取り付けるだけではないのだろうか?

――栗原さん「そうですね。吸音素材をパーティションに使えば、会話のしやすさに配慮した打ち合わせスペースを手軽に作れることになります」

 カーテンも繊維製品だが、「吸音」しないのだろうか?

――栗原さん「カーテンは分厚いものでしたら、ある程度の空気層があるので吸音効果があります。ただ、カーテンを開けてしまうと吸音面積が減るので、当然吸音率が下がります」

 最近、オフィスや施設の窓にはカーテンではなく、吸音性のないブラインドを使うケースが目立つ。壁やパーティションは、ガラスや鉄、石膏ボードといった反響しやすい建材がトレンドだ。つまりコミュニケーションを妨げる「残響音」の大きい場所が増えていることになる。

――栗原さん「工事の音や物音など『室外から入ってくる騒音対策』には、二重窓にするなど大がかりな工事や対策が必要になります。一方、『聞きやすい空間に改善する』ことであれば、『吸音パネル』などの吸音素材を使って手軽に対策が講じられるというメリットがあります。残響音が目立つ空間が増えているだけに、今後『吸音パネル』の需要が高まりそうです」

◇     ◇     ◇

 スムーズなコミュニケーションには、「耳の老化予防」「聞こえない人にも配慮した話し方」、そして「聞きやすい環境作り」が必要なようだが、こうして見ていくと、今日から始められることがたくさんある。

 もし、「聞こえの低下」を放っておくと、本人も気づかないうちに周囲から孤立するリスクも招きかねない。

――八木医師「聞こえなくなると、耳から脳へ情報が入らないために認知症やうつ状態になるリスクも高まります。耳から音を入れることは、脳の活性にもつながるのです。ぜひ、聞こえ方には配慮していただきたいですね」

 「会社」という組織では、20~60代、70代まで、幅広い世代が同じ空間にいる。「地域コミュニティー」でも、さまざまな耳年齢の人が集まる。「聞こえの劣化」を配慮し合うことは、ストレスフリーのスムーズなコミュニケーションと仕事でのパフォーマンス向上のための効果的な取り組みといえそうだ。

八木昌人(やぎ まさと)さん
東京逓信病院耳鼻咽喉科部長
八木昌人(やぎ まさと)さん 1984年群馬大学医学部卒業。東京大学耳鼻咽喉科、武蔵野日赤病院耳鼻咽喉科部長を経て、現職。専門分野は、難聴、めまい、顔面神経麻痺、中耳炎、頭頚部腫瘍。日本耳鼻咽喉科学会専門医、日本気管食道科学会認定専門医、日本めまい平衡医学会めまい相談医、難病指定医。
結城未来(ゆうき みく)
エッセイスト・フリーアナウンサー
結城未来(ゆうき みく) テレビ番組の司会やレポーターとして活躍。一方でインテリアコーディネーター、照明コンサルタント、色彩コーディネーターなどの資格を生かし、灯りナビゲーター、健康ジャーナリストとして講演会や執筆活動を実施している。