怒りをまき散らすあの人のパワハラ、じつは「耳の老化」が原因かも
聞こえないストレスと、「話が下手」と思われるストレスを解消するルール
結城未来=健康ジャーナリスト
――栗原さん「そう誤解される方も多いようですね。工事の音など室外の騒音をカットするのは、『遮音対策』です。でも、『吸音』は室内に響きわたる音をカットする『残響音対策』なのです」
「残響音」というのは、トンネル内で大きな声を出したり、手をたたいたりすると響く、あれだろうか? そうなると、コンサートホールや体育館などの特殊で広い空間のみの問題のような気もする。
――栗原さん「いえいえ、そんなことはありません。気づいていないだけで、大抵の空間に残響音はあります。特に会議室などの密閉された空間では、残響音で会話が聞きとりづらくなることが多いのです」
室内で会話をすると、声は壁や天井にぶつかる。すると、壁でぶつかった音はまた別の壁に向かってぶつかり……と、あらゆる方向で反射を繰り返すのだそうだ。
――栗原さん「例えば、互いに10メートル離れた平行な壁で毎秒30回程度反射することが分かっています。この反射エネルギーをそがなければ、反響した音が次々に耳に飛び込んでくるので情報が伝わりにくくなります。『吸音パネル』は会話に必要な音域を中心に残響音を吸収し、声がストレートに耳に入るようにするものなのです」
身近な室内でも、そんなに残響音があったとは!? 「この部屋では、なんだか会話がしにくいなぁ」と無意識に感じることがあったのは、残響音のせいかもしれない。
どういう構造で吸音材は吸音をするのだろうか?
――栗原さん「音の振動エネルギーを繊維と繊維の間の空気の運動に変換するのです。スポンジをイメージしてください。隙間を小さく密な構造にすることで、吸音率も高まります。吸音材を厚くすれば当然、さらに吸音率は上がりますが、厚くすると重くなり扱いにくくなります。細い繊維を密な構造で仕上げ、扱いやすい薄さにすれば、さまざまな場所で使えます」
さまざまな場所……ということは、会議室の壁に取り付けるだけではないのだろうか?
――栗原さん「そうですね。吸音素材をパーティションに使えば、会話のしやすさに配慮した打ち合わせスペースを手軽に作れることになります」
カーテンも繊維製品だが、「吸音」しないのだろうか?
――栗原さん「カーテンは分厚いものでしたら、ある程度の空気層があるので吸音効果があります。ただ、カーテンを開けてしまうと吸音面積が減るので、当然吸音率が下がります」
最近、オフィスや施設の窓にはカーテンではなく、吸音性のないブラインドを使うケースが目立つ。壁やパーティションは、ガラスや鉄、石膏ボードといった反響しやすい建材がトレンドだ。つまりコミュニケーションを妨げる「残響音」の大きい場所が増えていることになる。
――栗原さん「工事の音や物音など『室外から入ってくる騒音対策』には、二重窓にするなど大がかりな工事や対策が必要になります。一方、『聞きやすい空間に改善する』ことであれば、『吸音パネル』などの吸音素材を使って手軽に対策が講じられるというメリットがあります。残響音が目立つ空間が増えているだけに、今後『吸音パネル』の需要が高まりそうです」
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スムーズなコミュニケーションには、「耳の老化予防」「聞こえない人にも配慮した話し方」、そして「聞きやすい環境作り」が必要なようだが、こうして見ていくと、今日から始められることがたくさんある。
もし、「聞こえの低下」を放っておくと、本人も気づかないうちに周囲から孤立するリスクも招きかねない。
――八木医師「聞こえなくなると、耳から脳へ情報が入らないために認知症やうつ状態になるリスクも高まります。耳から音を入れることは、脳の活性にもつながるのです。ぜひ、聞こえ方には配慮していただきたいですね」
「会社」という組織では、20~60代、70代まで、幅広い世代が同じ空間にいる。「地域コミュニティー」でも、さまざまな耳年齢の人が集まる。「聞こえの劣化」を配慮し合うことは、ストレスフリーのスムーズなコミュニケーションと仕事でのパフォーマンス向上のための効果的な取り組みといえそうだ。
東京逓信病院耳鼻咽喉科部長

エッセイスト・フリーアナウンサー
