多くの有名人を死に至らしめたエイズ、早期治療で死なない病気に
根強い偏見や無関心が、早期発見・治療の妨げに
田村知子=ライター
日本ではここ数年、新たにHIV感染症と診断される人は毎年約1400人となっています。先ほどお話ししたように、HIV感染が分かった時点で治療を始めることができれば、エイズの発症を抑えることができますが、HIVの新規感染者の約3割は、HIV感染の診断時に、すでにエイズを発症しています。都市部以外では、HIV感染の診断時にすでにエイズを発症しているケースが5割を超える地域もあります。治療が進化している一方で、診断の遅れが大きな問題となっています。
日本では治療の進歩によって、新たな課題も生まれてきています。これまでは、HIV感染症と診断されると、都道府県が定めたエイズ拠点病院を紹介され、そこで治療が行われてきました。しかし、近年は治療薬によってHIVを検出されない程度にまで抑えられるようになり、エイズ治療よりも他の病気の治療が必要になることの方が相対的に多くなっています。
例えば、歯の治療や腎臓病の透析治療などは、遠くにあるエイズ拠点病院にわざわざ通うより、自宅や職場の近くの医療機関の方が通院しやすいですよね。ところが、HIV感染者が受診を希望しても、エイズ拠点病院ではないことや「診療したことがない」といった理由で、診療を断られることがあるのです。HIVは血液での感染リスクが肝炎ウイルスなどより低いにもかかわらずです。
東京都の場合は、東京都が東京都歯科医師会に委託して「東京都エイズ協力歯科医療機関紹介事業」を行っており、主治医に相談をすると、エイズ協力歯科医療機関として登録されている歯科医院を紹介される仕組みになっています。ただ、登録している医療機関は100カ所程度と、東京都に存在する歯科医院の数からすればまだまだ少ない状況です。
また、HIV感染者の高齢化も進んでいて、がんや脳梗塞といった病気の治療が必要になるケースも増えてきています。今後は長期療養病院や在宅医療などと連携した医療体制を整備する必要があるでしょう。
治療をすればHIVは検出されず、感染もしない
先ほどHIVの感染リスクについて触れられていましたが、もう少し詳しく教えてください。
HIVはウイルスを含む血液、精液、膣分泌液などが粘膜や傷口に触れると、感染するリスクがあります。日本では、HIV感染者の多い国や地域と比べると、薬物使用による感染や母子感染は圧倒的に少なく、感染の原因は性行為によるもの、特に同性と性行為の経験がある男性が多くなっています。そのためか、一般の人には根強い偏見があり、医療者でも正しい知識のない人もいます。
HIVは、インフルエンザのようにくしゃみや咳(せき)などによる飛沫感染はしませんし、唾液や汗でもうつりません。性行為の際はコンドームをすれば感染を予防できますし、先ほどお話しした通り、血液に触れた場合の感染リスクは、肝炎ウイルスより低いことも分かっています。
こうした正しい知識を広めて、HIV感染者への差別や偏見を減らすために、今は「U=U」というキャンペーンが世界的に展開されています。これは「Undetectable(検出されない)=Untransmittable(感染しない)」を表していて、HIVに感染しても、治療をすれば血液中にHIVが検出されないレベルになり、性行為でも感染しないような状態となることを意味しています。ただし、梅毒などHIV以外の性感染症のリスクもあるため、このことでコンドームなどでの予防が不要となるという意味ではありません。
HIVに感染すると、急性期と呼ばれる初期にはインフルエンザのような症状が出ることがありますが、その割合は50%程度です。また、初期に症状が出ても自然によくなってしまい、その後は数年から十数年の長期間、症状が全く出ない「無症候期」に移行します。ですから、自覚症状がなくても、以下のような項目に身に覚えがあれば、HIV検査を受けてみてください。
【HIV検査を受けることが特に勧められる人】
- 同性と性行為の経験がある男性
- 感染しているかどうか不明な不特定多数の人との性行為を経験したことのある男性・女性
- 梅毒に感染したことがある人
- 性行為でB型肝炎、C型肝炎、アメーバ症などに感染した人
- コンドームを使用しないリスクの高い性行為の経験がある人
なお、HIV検査を実施している機関や相談窓口は「HIV検査相談マップ(全国HIV/エイズ・性感染症検査・相談窓口情報サイト)」で検索できます。
(図版制作:増田真一)
がん・感染症センター都立駒込病院感染症科部長
