私たちの体は異変を生じたとき、さまざまなサインを発する。それは、痛み、吐き気、出血などの自覚症状のこともあれば、健康診断の検査結果に表れることもある。このような体から得られる情報をどう理解するかが健康を守るために重要だ。今回は、落語家とミュージシャンに多いイメージのある喉頭がんについて。
Episode 声に異変、首が腫れる… 喉頭がんが発覚

総合建設会社に勤務する歌川良治さん(48歳)は、かつて大学野球で活躍するなど、体格にも恵まれ、これまで病気らしい病気をしたことがなかった。ただ、家族の心配のタネは酒とタバコだ。喫煙歴は約30年。酒は、若い頃はあまり飲めず、飲むと顔が赤くなるタイプだったが、酒豪の上司に鍛えられて「いける口」に。
そんな歌川さんの声の異変に気づいたのは妻だった。歌川さんの声は、野球部時代のかけ声、酒、タバコの影響もあってハスキーな低音。歌川さんはそれを「魅力の一つ」と思っていたが、2カ月ほど前からさらにしわがれ声になり、何を話しているか聞き取れないこともあった。妻は、病院に行くことを強く勧めたが歌川さんは「最近、建設現場で大声を出しているせいだろう」と気に留めなかった。
それから1カ月後、歌川さんは自宅近くの健康ランドでゆっくりヒゲを剃っていたとき、首の右側が腫れていることに気づいた。不安を感じてかかりつけ医に相談したところ、医師は「一度、精密検査を受けたほうがいい」と地域のがん診療連携拠点の病院に紹介状を書いてくれた。
さっそく予約して病院を訪れると、診療科は耳鼻咽喉科で、簡単な問診と触診の後、鼻から細い管を入れる「喉頭ファイバースコープ検査」を行った。のどの中をモニターで自分でも見られる検査だ。主治医は開始してすぐ「気管の入り口である声門に腫瘍ができていて、喉頭がんが疑われます」と冷静に伝えた。
その後のことは、全身が凍り付いてしまったのでよく覚えていないが、組織検査(生検)やMRI(核磁気共鳴画像法)検査など、精密検査の結果も喉頭がんであることを示していた。首の腫れは、がんのリンパ節転移によるものでIII期の進行がんということだった。それでも主治医は「声を出す声帯に近い部分にできたがんなので、声の異常で早めに発見されることが多いのです。多くの人が完治して元気にしていますので、歌川さんも頑張りましょう」と話してくれた。
これまで経験したことのない大きな不安が襲い、ふさぎ込むことも多くなった歌川さんだが、勇気を持って病気と闘うためには決断が必要だった。治療法の選択だ。一つは、手術でのどを取ってしまう治療。II期までの早期がんであれば喉頭を温存する手術(喉頭温存手術)も可能だが、III期では喉頭をすべて摘出する手術(喉頭全摘出術)となり自分の声を失ってしまう。喉頭全摘出術は、進行したがんでは広く行われている治療だが、空気と食べ物の通り道を分ける喉頭がなくなるので、首に呼吸するための穴を開けるという。
もう一つは、放射線と抗がん剤による治療(化学放射線療法)だ。声を失わずに済む治療だが、入退院を繰り返しながら治療を7週間受ける必要があることや、治療後、放射線治療の合併症が出るなどの課題がある。
主治医は「過去の臨床データを分析すると、歌川さんの場合、どちらの治療法でも5年生存率など治療成績は変わりません」と解説してくれた。どちらを選択すべきか。治療成績は高まっているというが、治療後にがんが再発したときのことも考えなくてはならない。歌川さんと妻は何日も話し合った(後編に続く)。
※ 取材を基に、実際にあったケースから創作したエピソードです。
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