私たちの体は異変を生じたとき、さまざまなサインを発する。それは、痛み、吐き気、出血などの自覚症状のこともあれば、健康診断の検査結果に表れることもある。このような体から得られる情報をどう理解するかが健康を守るために重要だ。今回は、「脳梗塞・脳出血」について紹介する。
Episode 突然、右半身にしびれが! 脳梗塞の予兆だった
都内の工作機械メーカーに勤務する小林裕也さん(55歳)は、年末に期限の迫った仕事を抱え、一日中パソコンに向かっていた。小林さんの体に異変が生じたのは、疲れもピークに達した夕方近くだった。
突然、右腕から右脇腹にかけてジーンというしびれを感じた。ひとまず休憩しようとコーヒーを手にしたが、そこで驚いたことに、口のまわり、特に口の右側がしびれ、飲み始めたコーヒーをこぼしてしまったのである。
そのとき症状はすぐに治まったため、小林さんは「過労のせいにちがいない」と考えて、仕事を続行した。しかし、仲間と打ち合わせをしているときに異変は起こった。
同僚が「小林さん、ろれつが回ってないよ。表情も変だし」と叫んだ。うろたえる小林さんは、やがて意識が朦朧(もうろう)として手足が麻痺し、へなへなと床に座り込み、そのまま意識を失った。その場にいた同僚は大慌てで救急車を呼び、小林さんは近くの大学病院に搬送された。頭部のCTとMRIの検査の結果、脳梗塞であることが判明した。
小林さんに症状が現れてから脳梗塞の治療を開始するまでにかかった時間は4時間。じつは、この時間は極めて重要だった。というのも発症してから4時間半までの患者の場合、経静脈血栓溶解療法(t-PA治療)を行うことができるからだ。小林さんの場合も、この治療を受けることができた。翌日には意識を回復し、1カ月後には症状がほとんどなくなるまでになった。
医師は小林さんに「最初に感じたしびれは、いわば予兆ともいえる症状。それを見逃したために、危うく治療が遅れるところでした。今回は命拾いしまいたね」と伝えた。
それを聞いて小林さんは「もし最初にしびれを感じたときに、すぐに病院にかかっていれば…」と判断ミスの恐ろしさをかみしめた。
いつ始まったかはっきり分かる場合は要注意

しびれは、長時間同じ姿勢をとっていたり、重い物を持ち上げたときなどでも起こる、ありふれた症状の一つだ。先ほどのエピソードのように、命にかかわる危険な病気のサインとしてのしびれと、どう見分けたらいいのだろう。
順天堂大学医学部附属浦安病院 脳神経内科教授の卜部貴夫氏は「しびれは、椎間板ヘルニアなど整形外科の領域の病気や、糖尿病など内科疾患による神経障害によっても起こります。これに対して脳梗塞や脳出血など、命にかかわる脳の病気の特徴は、しびれが突然起こること。しびれの始まりが明確に分かるようなときは要注意です」と話す。
脳梗塞や脳出血、そして以前取り上げたくも膜下出血は、まとめて脳卒中と呼ばれる。これらは「突然、意識を失って倒れる病気」と考えられがちだが、それほどひどい症状で発症するのは一部にすぎないと卜部氏は説明する。ダメージを受ける脳の場所や程度によって異なるが、比較的軽度な症状で起こることも多い。ときには、本格的な脳卒中症状の前に「予兆」といえるような不調が現れる場合もある。