私たちの体は異変を生じたとき、さまざまなサインを発する。それは、痛み、吐き気、出血などの自覚症状のこともあれば、健康診断の検査結果に表れることもある。このような体から得られる情報をどう理解するかが健康を守るために重要だ。今回は、前回に引き続き、破裂すると死亡リスクが高い「脳動脈瘤」について取り上げ、実際の治療を詳しく見ていこう。
Episode 脚の付け根から入れる「カテーテル」で脳動脈瘤を治療

(前編の続き)損害保険会社に勤務する藤田直之さん(仮名:45歳)は、テニスをしているときにボールが二重に見えるなど「複視」の症状をきっかけに脳動脈瘤が発見された。その大きさは直径約10mmと、手術治療を受けるかどうか判断の難しい状態だという。
脳動脈瘤は、破裂すると命にかかわる。“時限爆弾”を抱えながら生活するのは嫌だけれど、脳の手術はできれば受けたくない。ヨード造影剤を用いた精密検査の後、診察室で主治医となったベテラン医師の話を妻と一緒に聞いた。
「藤田さんの脳動脈瘤と同じぐらいでも経過観察となる場合もありますが、今回は手術治療を勧めたいと思います。判断のポイントは3つほどあります」と主治医は話し始めた。
最初のポイントは、藤田さんの脳動脈瘤が「内頸動脈・後交通動脈分岐部」という破裂リスクが高い場所にあるという点だ。
2つめのポイントは、軽度とはいえ藤田さんに複視の症状が出ているということだ。脳動脈瘤が動眼神経という眼を動かす神経を圧迫することで症状が起きているので、脳動脈瘤が大きくなると症状が悪化する可能性がある。治療すれば症状が完全になくなるわけではないが、重症化を防ぐことができる。
ここまで聞いて胸が苦しくなる思いだったが、主治医は最後のポイントを解説した。
「造影剤を用いた検査の結果、藤田さんの脳動脈瘤は形がいいことが分かりました。頭蓋骨を開ける開頭手術で、脳動脈瘤をクリップのようなものではさむ治療ではなく、脚の付け根の動脈から入れたカテーテルを用いて、脳動脈瘤のなかに細くて柔らかいプラチナの線を丸めて詰め、血の塊で脳動脈瘤を固める治療が行えます」
リスクはゼロではないが、治療経験の蓄積とともに技術も進歩しており、自信があるとも主治医は告げた。
帰宅後、妻と話し、治療に踏み切る決心はできた。すぐに上司と相談しながら仕事を調整し、1カ月後に入院。手術は翌日に行われた。術後はカテーテル挿入部に少し痛みを感じただけで、何事もなく安静に過ごした。
1週間後にMR血管撮像法(MRA)による検査を行った後、主治医は「藤田さんの脳動脈瘤のなかに血液の流れは見られませんでした。しっかり固まっています」と話した。
退院後は定期的にMRAの検査を受けることになったが、最初の3カ月での検査で、けがなどをしないよう十分気をつければテニスなどを行ってもいい、と告げられた。ただ念を押されたのは、降圧剤の服用による厳密な血圧管理と、禁煙だ。藤田さんにとって、それは命を守るためなら何でもないことだった。
※ 取材をもとに、実際にあったケースから創作したエピソードです。