私たちの体は異変を生じたとき、さまざまなサインを発する。それは、痛み、吐き気、出血などの自覚症状のこともあれば、健康診断の検査結果に表れることもある。このような体から得られる情報をどう理解するかが健康を守るために重要だ。今回は、くも膜下出血について紹介する。
Episode 突然の激しい頭痛、命を救った部下の一言
自動車部品メーカーで総務課長を務める春日智則さん(47歳)は、社内で部下と打ち合わせをしているとき、突然、頭を抱えてうずくまった。後頭部をハンマーでパカンと叩かれたような激痛が春日さんを襲ったのだ。
皆がざわめくなか、痛みはやがて和らぎ、会議は続行されたのだが、部下の小林良美さんだけは心配でたまらなかった。というのも3年前、祖母が自宅で同様の頭痛を訴えた経験があったからだ。このとき祖母は、横になって休むことにしたが、翌日、再び激しい頭痛が起こり意識を失ってしまった。救急搬送された病院での診断はくも膜下出血であったが、すでに手術が不可能な状態であった。
小林さんは、会議の途中、思い切ってそのことを春日さんに伝えた。すると春日さんは「じゃあ念のため」といって会議を打ち切り、タクシーに乗って総合病院に向かった。病院では、脳外科の担当医が緊急の画像診断(CT、MRI)を行い、その診断結果はやはりくも膜下出血であった。
画像検査では、春日さんの脳の表面を走る血管に大きな動脈瘤がみつかり、そこに出血の跡もあった。このままでは、いつ大規模な出血が起きてもおかしくない。そこで、すぐにカテーテルを用いた血管内手術(脳動脈瘤コイル塞栓術)を行い、動脈瘤から再び出血が起こらないようにした。
手術後、担当医は「いい判断でしたね。もし会社で脳動脈瘤が大きく破裂した場合、50%の確率で助からなかった可能性がありました。できれば、タクシーでなく救急車で安静のままいらしたほうがよかったですが」と話した。このとき春日さんは小林さんに心から感謝した。
バットで頭を殴られたような痛み

頭痛は、ありふれた症状の一つだ。熱があるとき、酒を飲み過ぎたとき、ストレスが溜まったときなどに、頭がガンガンと痛むのは、誰でも経験したことがあるだろう。また、片頭痛、群発頭痛、緊張型頭痛など慢性頭痛では、激しい頭痛が患者を襲う。
「しかし、これらの頭痛で命を失うことはまずありません。注意しなければならないのは、ある日突然、それまで経験したことのない激しい頭痛を感じたときです」と話すのは、順天堂大学医学部附属浦安病院脳神経内科教授の卜部貴夫氏だ。卜部氏によると、こうした痛みはくも膜下出血の症状である可能性が高いという。
くも膜下出血とは、脳の表面を走る血管が破れて脳内に大出血を起こす病気だ。出血を起こす原因として最も多いのは、動脈瘤の破裂だ。このときくも膜下腔に血液が流出し膜感覚を刺激する上、脊髄の刺激情報が加わり痛みとして感じるのだ。また、流れ出た血液は脳のさまざまな部位を損傷し、その領域が脳の深い部分(脳幹部)にある生命維持装置に達すると命を失うことになる。そのため、発症後、すぐに脳外科などで治療を受ける必要がある。治療が遅れると助かっても後遺症が残る可能性が高くなる。
では経験したことのない激しい頭痛とは、どのような痛み方なのか。卜部氏は「くも膜下出血の頭痛は、突発ピーク型といい、痛みが瞬間にピークに達するのが特徴。突然、バットで頭を殴られたようなガーンという痛みが襲い、すぐに意識障害をもたらすことも多い。ときに痛みを訴える前に意識を失ってしまうこともある」と話す。
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