私たちの体は異変を生じたとき、さまざまなサインを発する。それは、痛み、吐き気、出血などの自覚症状のこともあれば、健康診断の検査結果に表れることもある。このような体から得られる情報をどう理解するかが健康を守るために重要だ。今回は、肺の線維化により呼吸機能が低下していく「特発性肺線維症」について。
Episode 背中に聴診器を当てた途端に医師の顔色が変わった

食品専門商社の総務部長を務める石原紀之さん(仮名・59歳)。これまで大きな病気などしたことがなく、健康には自信があったが、昨年「年のせいかな」と感じる出来事がいくつかあった。
まず、部下と取引先に向かったときに、相手が歩く速度についていくのが大変だった。若い営業マンなら仕方がないが、自分とそれほど年が変わらない部下だったので心配になったのだ。
また、会社で「最近、咳(せき)が増えましたね。タバコをやめられたら」と言われた。確かに、1日に10本程度タバコを吸っているが、自分では咳が増えていたことに気づいていなかった。
家で妻に話すと「昔たくさん吸っていたツケが出てきたんじゃない。一度、病院で診てもらいなよ」と説教された。その通りではあるので、会社の近くの呼吸器内科で診てもらうことにした。
医師は、問診を終えて「COPD(慢性閉塞性肺疾患)、いわゆる“タバコ病”かもしれませんね」と話していたが、背中に聴診器を当てたとたん顔色が少し変わった。そして、すぐに胸部CT検査を行った。
その結果「肺の下部に網目のような陰影が見られます。間質性肺炎などによって肺が硬くなっているときに現れるもので、一度、大きな病院の呼吸器内科で精密検査を受けてください」と説明した。
紹介状を書いてもらった大学病院では、より高精度(高分解能)の胸部CT検査や血液検査などが行われたが、さらに気管支鏡(気管や気管支に入れる内視鏡)を用いて肺の一部を取り出す肺生検などが行われることになり、結局3日の入院検査となってしまった。
「もしや肺がんでは」と石原さんの不安は頂点に達した。そして、告げられたのは石原さんが聞いたこともない「特発性肺線維症」という病名だった。
主治医は「肺で酸素を取り込む役割を果たしている肺胞の壁が線維化という現象により少しずつ厚く硬くなり、やがて呼吸機能が失われていく病気です。残念ながら完治させる治療法はまだありませんが、最近、進行を食い止める治療薬が登場しています。石原さんの場合は、比較的早期に発見できたので、一緒に治療に取り組んでいきましょう」と説明してくれた。
自宅でネットで調べてみると、この病気の5年生存率は肺がんと同程度とも書いてある。目の前が真っ暗になったが、せっかく早期に発見できたのだから、できるだけ治療を頑張ってみようと気持ちを切り替えた。
それから1年。治療薬は、吐き気や下痢など副作用が多いのが難点だったが、医師に相談しながらなんとか治療を続けることができた。
主治医は「この病気になると肺活量が少しずつ落ちていきますが、石原さんの場合、落ち方が平均的な患者の半分以下。治療が効いていますよ。呼吸がつらくなったら在宅酸素療法もありますが、石原さんの場合はもう少し先のことですね」と励ましてくれた。
さらに新しい治療薬が開発されていることも希望の一つだ。石原さんは「妻の助言もあって早期発見できました。これからは肩の力を抜いて人生を楽しみたいですね」と明るく語っている。
※ 取材をもとに、実際にあったケースから創作したエピソードです。
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