私たちの体は異変を生じたとき、さまざまなサインを発する。それは、痛み、吐き気、出血などの自覚症状のこともあれば、健康診断の検査結果に表れることもある。このような体から得られる情報をどう理解するかが健康を守るために重要だ。今回は、「網膜剥離」を紹介する。

Episode 暗闇に光が見え、「飛蚊症」がひどくなった…
繊維メーカーの総務部に勤務する石館良治さん(52歳)は、日頃から小さな虫と付き合っている。といっても生き物の虫ではない。視野のなかに見える黒いシミのようなものだ。学生時代、空を見上げたときに気づき、眼科で相談すると、それは「飛蚊症(ひぶんしょう)」という状態であるという。
加齢とともに誰にでも起こる現象の一つで、病気ではないので特に治療は必要ないとのこと。最初は気になったが、やがて慣れていった。
そんな石館さんに、新たな見え方の異変が起こったのは、50歳も過ぎた秋のことだった。夜寝ようと思って部屋の灯りを消すと、部屋の隅に明るい光のようなものが見えたのである。気味が悪かったが、そのまま眠った。よく朝、明るい室内ではそのような光は見えなかったので「仕事で眼を酷使したせいだろう」と気軽に考えていた。
それから4日後、会社で仕事をしていると、書類の文字が見えにくいのに気づいた。会社の白い壁を見てみると、昔からある飛蚊症のせいだと分かったが、どうもその数が増えているようだ。さすがに心配になったが、仕事に追われていたため「忙しさが一段落したら、眼科に行こう」と考えた。
そして、その翌日。石館さんの眼にさらなる異変が生じた。同僚と打ち合わせをしていたとき、左目の視野の下のほうから半透明のカーテンのような「ひだ」がゆっくりと上がってきたのだ。やがて同僚の顔が見えにくくなるなど、視野の異変は少しずつ広がった。
これには、さすがの石館さんもうろたえた。すぐにタクシーを呼び、いちばん近くの大学病院を訪れた。受付で症状を話すと、すぐに眼科を受診できるように手配してくれた。医師の診断は網膜剥離。緊急を要する状態であったので、その日のうちに手術治療を受けた。
手術は滞りなく終わり、1週間後には左目の視力が少し低下する程度の状態まで回復した。そして、担当医は「不思議な光が見えたり、飛蚊症が増えたりしたのは眼の網膜に異常が起きているサインでした。すぐに眼科を受診していれば、視力の低下も残らずに済んだでしょう」と病気の経過を解説してくれた。
石館さんは、見え方の異変を「ただの疲れ目」と思い込んで、網膜剥離の重要なサインを見逃してしまったのである。