私たちの体は異変を生じたとき、さまざまなサインを発する。それは、痛み、吐き気、出血などの自覚症状のこともあれば、健康診断の検査結果に表れることもある。このような体から得られる情報をどう理解するかが健康を守るために重要だ。今回は、腎臓が慢性的に炎症を起こし、放置すると人工透析に至る「IgA腎症」について。
Episode 海外単身赴任から戻ってきたら、腎機能が低下していた

機械部品メーカーで生産管理に携わっている奥山忠明さん(仮名:38歳)は、入社以来、週1度のジョギングを欠かさず、健康管理に努めていた。妻も食事に気を使っていたという。
そんな奥山さんの体にちょっとした異変が起きたのは31歳のときだった。定期健診で産業医から「おしっこに血が混ざっていますね」と指摘されたのだ。このときは「尿たんぱくは出ていないので様子を見ましょう」とも言われ、それほど気にしなかった。
それから半年後、奥山さんの会社がタイに現地工場を設立することになり、奥山さんが生産管理の責任者として抜擢された。以来、奥山さんは工場立ち上げのために奔走。健診のことなどすっかり忘れていた。単身赴任のため外食が続き、体重は5kgも増えてしまった。
それから3年後、工場は軌道に乗り、奥山さんも日本の本社工場に戻ることができた。配属先に挨拶した後、提携先の病院で久しぶりの人間ドックを受けたが、そこで担当医から告げられたのは、意外な事実だった。「血中クレアチニンが正常範囲より高く、尿たんぱくも2プラスです。腎臓の働きがかなり弱っているので、一度、腎臓の専門医に診てもらったほうがいいですね」
奥山さんはその場で紹介状を書いてもらい、近くの大学病院の腎臓内科を受診することになった。血液検査や24時間のおしっこを溜める畜尿検査などを行ったところ、腎臓の働きを示すeGFRの値は35mL/分/1.73m²、尿たんぱくの量も2g/日と、深刻な状態が明らかに。その日のうちに、入院のうえ、背中に針を刺して腎臓の組織を採取する腎生検の検査を受けるよう、腎臓内科医から告げられた。
意気揚々と帰国したのに、坂を転げ落ちるように失われていく健康への自信。腎生検のために1週間入院し、退院後にその結果を外来で聞くこととなった。主治医は「腎機能低下の原因はIgA腎症という腎臓の病気でした。放置すると20年で約半数の人に透析療法が必要となる病気ですが、最近では扁摘パルス療法という治療法が普及し、奥山さんのように腎機能がかなり低下した場合でも、病気の進行を食い止められる可能性があります」と説明した。
あぜんとする奥山さんだったが、主治医は「この段階で発見できて良かったです。奥山さんの場合、扁摘パルス療法と生活改善で腎機能をかなり回復できる可能性があるので、これからしっかり治療に取り組んでいきましょう」と話してくれた。
もし、タイでしっかり健診を受けていればと後悔した奥山さんだったが、透析だけは受けたくない。これから積極的な治療を続けることで健康を取り戻そうと誓った。
(後編に続く)
※ 取材をもとに、実際にあったケースから創作したエピソードです。