私たちの体は異変を生じたとき、さまざまなサインを発する。それは、痛み、吐き気、出血などの自覚症状のこともあれば、健康診断の検査結果に表れることもある。このような体から得られる情報をどう理解するかが健康を守るために重要だ。今回は、“悪玉”の脂肪肝「NASH」からいきなり肝がんに進行するケースについて。
Episode “悪玉”の脂肪肝から直接、肝がんに進行

印刷会社の営業部門に勤務する須山貴之さん(仮名:48歳)は、大学時代には陸上部で活躍したスポーツマン。スリムな体型が自慢だったが、30代になって太りはじめた。運動は月1回のゴルフぐらいだが、若いころの食事量をなかなか減らすことができない。その上、仕事柄、飲む機会も多くなったのが太った原因だ。
35歳のときの特定健診で、初めて血液検査の異常値が指摘された。肝機能検査値のASTが55(IU/L)、ALTが61(IU/L)だった(*1)。健診医からは「脂肪肝の疑いがありますね。軽い運動で体重を1年で2キロほど落としてみては」とアドバイスを受けたが、仕事が忙しくなかなか達成できずにいた。
40代になり、これらの肝機能検査値が80台から100台と少しずつ上がってきたが、飲み仲間の3人に1人ぐらいは健診医から同様の指摘を受けていることもあって「脂肪肝だからしょうがないな」と笑って話していた。でも、内心不安に思っていたという。
そして昨年、下痢とともに脇腹が重いような違和感を覚えたのをきっかけに、かかりつけ医に相談。そして「一度、精密検査をしてみましょう」と肝臓専門医のいる病院を紹介された。そこで受けたのは、脂肪肝のなかでも危険な状態であるNASH(非アルコール性脂肪肝炎)になっているかどうかを診断できるMRIエラストグラフィという検査だ。
検査は短時間で終わったが、その後に受けた担当医の説明は青天の霹靂(へきれき)だった。検査画像は肝臓がすでに肝硬変の状態になっていることを示しており、さらに5センチの肝がん(肝細胞がん)も見つかったというのだ。この大きさではラジオ波焼灼療法など内科的な治療は無理で、なるべく早く手術で切除することを勧められたが、肝がんは再発しやすいという問題があるという。
精神的なショックが大きく、精密検査など後のことはよく覚えていないが、手術は無事終了し1カ月後に退院。幸い肝臓の予備能は残っていることもあり、仕事はなんとか続けられそうだ。再発が非常に心配だが医師は「最近、肝がんの抗がん剤治療は非常に進歩しています。検査を続けていけば再発しても抗がん剤で早めに叩くことも可能になってきました。10年生存率も高まってきます」と励ましてくれた。
一時は、絶望的な気持ちになった須山さんだが「もう少し人生を楽しめそうだ」と希望を持って生活することができている。そして、同僚や後輩には「オレのようになってはダメだ。検査で早めにNASHを見つけろ」と勧めている。
※ 取材をもとに、実際にあったケースから創作したエピソードです。