私たちの体は異変を生じたとき、さまざまなサインを発する。それは、痛み、吐き気、出血などの症状のこともあれば、健康診断の検査結果に表れることもある。このような体から得られる情報をどう理解するかが健康を守るために重要だ。今回は、声がかすれ、首が腫れていることによって発覚した喉頭がんの治療について。
Episode 自分の声を残すため「化学放射線治療」を選択

(前編の続き)総合建設会社に勤務する歌川良治さん(48歳)は、1年半前に「風邪をひいたわけでもないのに、しわがれ声が続く」という症状で受診し、喉頭がん(声門がん)が発見された。精密検査の結果、がんは首のリンパ節に転移しており、III期の進行がんという診断結果だった。
従来であれば声を出す器官である声門を含むのどを広範囲に切除する治療(喉頭全摘出術)を行うのが普通であったが、最近、進行がんであっても抗がん剤と放射線治療を組み合わせることで声を残せる治療(化学放射線治療)を行うことが増え、5年生存率は「喉頭全摘出術」と変わらなくなった。ただ、声を残す治療の場合は、入退院を繰り返しながら職場復帰までに半年以上かかることや、放射線治療による後遺症が表れることもあるという。
それでも歌川さんは「声を残して再び元気な姿を家族や職場の皆に見せたい」と、化学放射線治療を受けることにした。職場の仲間も「安心して治療に専念してほしい」と送り出してくれた。
入院後、まず行ったのは、胃に直接栄養を届けるチューブをつなげる胃ろうを作る手術だ。放射線と抗がん剤で口の中や咽頭の粘膜に炎症が起き、一時的に自分でものが食べられなくなるからだ。
その1週間後、胃の状態が落ち着いたところで治療開始。さらに1週間かけて放射線治療と抗がん剤治療が続けられた。口やのど粘膜の痛みや不安でつらいことも多かったが、ここが正念場だ。合わせて2週間の入院が終わったが、治療はまだ終わりではない。それから2週間は通院による外来での放射線治療が行われ、そして再び抗がん剤治療のため1週間の入院。また2週間の通院による放射線治療。さらに、3回目の抗がん剤治療のための入院を経て、終了した。
「検査の結果、経過は良好です。よく頑張りましたね」とねぎらう主治医の言葉に歌川さんは、ゆっくり大きくうなずいた。
退院後は、放射線治療の障害が軽快するまで1カ月は自宅療養。3カ月に1度の通院をしながら、少しずつ仕事を開始した。コロナ禍もあって会社がテレワークができる環境を整えてくれたのもありがたかった。感染が収束する頃には、建設現場を指揮することもできるだろう。
ただ心に残る不安は「再発」のリスクだった。医師からは進行がんの場合、3〜4割で再発がみられると聞いていたからだ。そんなとき2020年11月に新聞で知ったのが「光免疫療法」という治療法が世界に先駆けて始まることだった。再発した喉頭がんも適用になるという。
さっそく主治医に尋ねてみると「光免疫療法は日本やアメリカで最終的な臨床試験が行われていますが、これまでの臨床成績で非常に期待が持てる治療法だということが分かったので、国内でスピード承認になりました。歌川さんのがんは、光免疫療法に使われる薬剤に反応する扁平上皮がんという組織型であることが分かっているので、再発した場合の治療になり得ますね」と話してくれた。
話を聞いて歌川さんは心が少し軽くなるのを感じた。できれば再発してほしくないが、仮に再発したとしてもまだ治療法がある。健康管理に気を配りながら、仕事や趣味を大いに楽しみ、妻と一緒に悔いのない人生を送りたいと歌川さんは考えている。
※ 取材を基に、実際にあったケースから創作したエピソードです。