日経グッデイ

久野教授の「カラダの強化書」

健康長寿のために鍛えておくべき筋肉、第1位は?

第5回 筋トレ・有酸素運動の極意は「チリツモ」

 久野譜也=筑波大学大学院スポーツ医学専攻教授

 前回の「血管を軟らかくするたった1つの方法、有酸素運動の威力」では、筋肉の役割や有酸素運動の効果などについてお話ししました。その際、健康長寿を実現するには、筋力トレーニングと有酸素運動の両方を継続して行うことが重要であること、それらはいずれも「チリツモ」、つまり「塵も積もれば山となる」という意識で取り組むといいとお伝えしました。今回は、その「チリツモトレーニング」のコツからお話ししたいと思います。

基本は「チリツモ」、1週間で帳尻を合わせる

 読者の皆さんの中には、「ウォーキングなどの有酸素運動は、20分以上続けて行わないと効果がない」と思っている方もいるかもしれません。私が学生だった頃は、確かにそう教わりました。しかし、さまざまな研究が進んできた現在では、有酸素運動は細切れに行っても、まとまった時間行った場合とほぼ同様の効果が得られることが分かっています。1日に10分間ずつ3回に分けて30分間歩いても、まとめて30分間歩いても、効果に大差はないのです。

 さらにいえば、1日の中での分割だけでなく、1週間単位での分割も可能です。健康長寿を目的としたウォーキングは、1日8000歩が目安とされていますが、毎日必ず8000歩を歩かなくても、1週間で5万6000歩になるようにすればいいということです。例えば、5000歩しか歩けなかった日があったとしても、1週間の中で足りなかった3000歩をプラスして挽回する日を作ればいいんですね。逆に、休日のウォーキングで1万5000歩歩いたとしたら、7000歩の“貯金”ができるので、平日に歩けなかった日の補填に回すこともできます。

 もちろん、トレーニングとして歩く歩数に限らず、通勤や買い物といった日常生活での歩行の歩数を含めても構いません。日々すべての活動で歩いた歩数を合計していいのです。

 そう聞くと、気持ちが楽になりませんか? まとまった時間を作ってウォーキングをしようとすると、その時間が取れそうにないと「また時間があるときにしよう」と考えてしまいがちです。でも、歩くのは細切れの時間でいい、1週間単位で考えていいとなれば、自分の予定に合わせてこまめに歩数を積み重ねることができます。

ウォーキングは「チリツモ」でも大丈夫!
有酸素運動は細切れに行っても、まとまった時間で行った場合とほぼ同様の効果が得られる。(イラスト:堀江篤史)
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 私自身も、講演などが続くと、電車や車での移動が多くなり、歩く時間が取れなくなります。そういうときはどうするかというと、講演中に演壇であちこち歩きながら話すんです。事情を知らなければ「落ち着きのない変わった人だな」と思われるかもしれませんが(笑)、「これもチリツモで1日の歩数を稼ぐためです」とお話しすると、皆さんなるほどと納得してくださいます。

 また、私は普段の通勤でバスを使うのですが、その日の歩数や1週間の予定に応じて、帰宅時にどのバス停で降りるかを決めています。例えば、「今日は十分歩いたな」と感じた日は、自宅の最寄りのバス停で降ります。「あまり歩けなかったな」と思ったときは、その程度に合わせて最大で3つ手前までのバス停のいずれかで降りて、自宅まで歩くようにしています。

 お酒を飲んだあとはあまり歩きたくないので、飲み会などの予定が入っていれば、前日などに多めに歩く日を作って貯金しておくこともあります。そうして、1週間の中で帳尻が合うように調整しているんですね。

一律のルールを課すのではなく、自分で考えて工夫しよう

 講演でこのようなお話をした後に、「皆さんは車でショッピングモールなどに行ったとき、駐車場のどの場所に停めますか?」と尋ねると、決まって苦笑いをされます。大抵は少しでも入り口に近い場所に停めたいと思うものですし、実際に停めている人が多いのでしょう。でも、入り口から少し離れた場所に停めたとしても、数分の違いです。その数分間に、数百メートル分の歩数が稼げます。このようなちょっとした歩数でも、こまめに歩いて加算していくと、チリツモで意外と多くの歩数になるものです。

 だからといって一律に、「毎日1つ手前のバス停や駅で降りて歩こう」「駐車場では必ず入り口から遠い場所に停めよう」とノルマを課す必要はありません。雨の日に途中でバスや電車を降りて歩くのはおっくうですし、重たい物を買う予定があるときに車を遠くに停めて歩くのは大変です。要はその時々の状況に応じて、自分で考えて工夫して、行動を選択すればいいのです。

 私は皆さんに健康長寿を実現するための秘訣をお話しするときは、ただ「健康のために~をしましょう」「~をするのはやめましょう」とだけ伝えることはしたくないと考えています。国立病院機構京都医療センター予防医学研究室長の坂根直樹先生は、そのような指導をする人のことを、「魔性の女」にかけて“ましょうの女”と例えていますが(笑)、私自身も研究室のスタッフも、“ましょうの男・女”にはならずに、そこから1歩踏み込んだ指導、情報提供をするように心がけています。

 「健康のために歩きましょう」「塩分を控えましょう」といった義務的な情報に接しただけで、自ら進んで生活習慣や行動を変えられる人は多くありません。「なぜ、それをする必要があるのか」「なぜ、それをしないほうがいいのか」という理由をきちんと理解し、ふに落ちて初めて、どうすればいいかを自分で考えて行動するようになります。読者の皆さんにも思い当たる経験があるのではないでしょうか?

筋トレは優先順位をつけて、1日5分間からでOK

 さて、これまではウォーキングのチリツモのコツをお話ししてきましたが、筋トレにも同じことがいえます。ジムに通って1週間に2~3回は1時間のトレーニングをしようと思うと、長続きしにくいもの。でも、自宅やオフィスにいながら、5分程度の時間でできるメニューなら、無理なく続けることができます。

 このときに大切なのは、健康長寿のために鍛えておくといい筋肉を知っておくことです。そうすれば、時間がないときでも優先順位をつけて、効率的に鍛えていくことができます。まずは大まかに、以下の順に覚えてください。

「健康長寿」のために優先して鍛えるべき筋肉とその理由

1 下肢(下半身)の筋肉

⇒上肢(上半身)の筋肉よりも加齢によって衰えやすいため

2 下肢の中でも、股関節周り(大腰筋とその周辺)の筋肉

⇒転倒を予防するため

3 背中や太ももなどの大きな筋肉

⇒基礎代謝を維持・向上させるため


 上肢(上半身)の筋肉よりも下肢の筋肉を優先するのは、下肢の筋肉のほうが衰えやすいからです。下肢の筋肉の衰えは、転倒・骨折の原因になります。下肢の中でも股関節周り、つまり、大腰筋とその周辺の筋肉を鍛えることが大切なのは、この連載の第1回「賢い人は自分の筋肉に投資する」でお話ししたように、大腰筋は姿勢の維持や太ももを引き上げるときに使われる筋肉で、寝たきり予防に重要な役割を果たすからです。

 大腰筋は体の深部にあり、背骨と左右の大腿骨をつないでいます。いわば、私たちの体の大黒柱といえる筋肉です。大腰筋だけをピンポイントで鍛えるのは難しいのですが、逆にいえば、大腰筋を意識した筋トレを行えば、腹部やお尻、大腿部などの筋肉をトータルに鍛えることができるのです。

転倒・骨折予防のために特に鍛えるべき筋肉は「大腰筋」
大腰筋は、深いところにある筋肉(インナーマッスル)で、姿勢の維持や太ももを引き上げるときに使われる。(C)Sebastian Kaulitzki – 123rf
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 背中や太ももなどの大きな筋肉を鍛えるのは、基礎代謝を維持・向上させるためです。前回詳しくお話ししましたが、筋トレで速筋を鍛えると、エネルギーを生み出す工場の数が増えて、生み出されるエネルギーの量が増えることで、基礎代謝が上がります。だとすれば、大きな筋肉を鍛えたほうが効率的だというわけです。

 この3つのポイントを押さえつつ、慣れてきたら、時間に余裕があるときに、下肢の血液を心臓に戻すポンプの役割を果たすふくらはぎの筋肉や、上肢の筋肉も鍛えていくといいでしょう。

 次回はいよいよ、3つのポイントを押さえた具体的な筋トレメニューをご紹介します。

(まとめ:田村知子=フリーランスエディター)

久野譜也(くの しんや)さん
筑波大学大学院人間総合科学研究科 スポーツ医学専攻教授、医学博士
久野譜也(くの しんや)さん 1962年生まれ。筑波大学体育専門学群卒業。同博士課程医学研究科修了。ペンシルべニア大学医学部客員研究員、東京大学大学院助手を経て、96年筑波大学先端学際領域研究センター講師、2011年から現職。
 スポーツ医学の分野において、中高年の筋力トレーニング、サルコペニア肥満、健康政策などを研究。2002年に、健康増進分野では日本初の大学発ベンチャー「株式会社つくばウエルネスリサーチ」を設立。「科学的根拠に基づく健康づくり」という基本概念のもとに、超高齢社会に伴う生活習慣病、寝たきり者や医療費の抑制といった健康課題に対して、情報発信のあり方やまちづくり、コミュニティの再生などのアプローチも含めた解決策を提案している。
 著書に『寝たきり老人になりたくないなら大腰筋を鍛えなさい』(飛鳥新社)、『筋トレをする人が10年後、20年後になっても老けない46の理由』(毎日新聞出版)など。