「〇〇は体にいい」を一度疑ってみる
第1回 健康情報のエビデンス、その落とし穴とは?
村山真由美=フリーエディタ―・ライター
「ダイエットには〇〇がいい」「〇〇という食べ方は健康にいい」など、ちまたには様々な栄養健康情報があふれている。しかし、実践してみた結果どうだっただろうか。「はやっているからやってみる⇒結果が出ない⇒やめる」というパターンを繰り返している人も多いのではないだろうか。なぜ、私たちは情報に踊らされてしまうのか。栄養健康情報を正しく取捨選択するにはどうしたらいいのだろうか。早くからEBN(evidence-based-nutrition:根拠に基づく栄養学)に注目し、「ぶれない食べ方」を身に付けることを提唱している東京大学大学院医学系研究科社会予防疫学分野教授の佐々木敏さんに話を聞いた。

エビデンスはあっても役に立たないこともある
最近の栄養健康情報の多くは、「〇人が試した結果、〇〇という結果が出た」などのデータに基づいて解説されることが多い。データがあるなら信じられると思いがちだが、「研究データがあるからといって、実生活に役立つとは限りません」と佐々木さん。

「例えば、最近話題の『野菜を先に食べると血糖値の上がり方が穏やかになる』という説。これを調べるには、『野菜を先に食べると、〇〇を先に食べるよりも血糖値が上がりにくい』と比較する群が必要です。そこで、ある研究で野菜とご飯を比較したところ、野菜を先に食べたほうが血糖値が上がりにくかった(*1)。この研究に基づいて『野菜を先に食べたほうがいい』と言われているわけですが、では、この研究結果は、本当に私たちの日常生活に活用できると思いますか?」
野菜を先に食べるといいということを示す結果だな…、と単純に思う人は多いだろうが、違うのだろうか?
「野菜を先に食べ切ると、ご飯を先に食べ切るよりも血糖値が上がりにくい。これは事実です。しかし、私たちは普段、ご飯を先に食べ切るといった食べ方はしませんよね。本来は、野菜を先に食べることと、ご飯とおかずを交互に食べるといった通常の食べ方とを比較すべき。この研究ではそういう比較をしていないので、この結果を利用するといいという理由にはなりません。論文を注意深く読めば分かることなんですけどね」
この例のように、論文が部分的に利用され、広められてしまうことはよくあるという。
近年、エビデンス(evidence:科学的根拠)という言葉をよく耳にする。私たちはエビデンスがあるとその情報をうのみにしがちだが、「エビデンスがあるからといって、そこで思考を止めてしまうことは問題です」と佐々木さん。
今や情報にエビデンスがあるのは当たり前。そのエビデンスが信頼に値するものなのか、そして、それが実生活に役立つものなのかを見極める目を持つことが重要だという。
「〇〇に含まれる〇〇は体にいい」は疑ってみる
栄養健康情報でも最もよく目にするのが、「〇〇に含まれる〇〇という成分は体にいい」という情報だ。
「例えば、赤ワインのポリフェノールは体にいいと聞いたことがないでしょうか。この情報は、ワインをよく飲む人は、ビール、蒸留酒(ウイスキー)と比べて総死亡率が低いというデータ(*2)に基づいています。この調査結果から、赤ワインに含まれるポリフェノールに注目が集まり、ポリフェノールの抗酸化作用が動脈硬化の予防や、その結果として、心筋梗塞の予防につながるのではないか、といわれるようになりました」
しかし、話はそう単純ではなかったと佐々木さんは言う。
*2 Gronbaek M,et.al.Mortality associated with moderate intakes of wine,beer,or spirits.BMJ. 1995;310:1165-9.
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- 赤ワインを飲む人の食生活は?