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榎木英介の「病理医の視点」

複数のがんにかかるのが珍しくない長寿社会~大橋巨泉さんの死から考える

 榎木英介=近畿大学医学部附属病院臨床研究センター講師・病理医

がん患者の10人に1人が複数のがんを併発

 近年、長寿社会を迎え、巨泉さんのように、複数のがんにかかる人が増えてきた。

 1人の患者に複数のがんが存在することは、「多発がん」「重複がん」「多重がん」と呼ばれる。「多発がん」は同じ臓器(部位)に同じようながんが複数発生すること、「重複がん・多重がん」は複数の異なる臓器(部位)にがんが認められることだ。なお、これらは転移や再発によるがんは含まない。

 多重がんがどの程度あるのか、全国的な統計はないが、米国立衛生研究所が行った200万人のがん患者の追跡調査では、がん患者の9.1%に新しいがんが発生したという。

 私の経験でも、1人の患者さんが4種類の異なるがんを患っているというケースに遭遇したことがある。

がんは「闘う」だけではない。「共存」も考え方の一つ

 巨泉さんの晩年のように、がんとの付き合いは長期に及ぶ場合がある。多重がんや再発・転移だけでなく、適切な治療を受けたとしても、放射線治療や薬物療法(抗がん剤治療)が別のがんを引き起こす可能性も指摘されている。また、がんを発症しやすい遺伝的な体質もあるといわれる。喫煙などの生活習慣が複数のがんの原因になることもある。

 そう考えると、がんは闘って退治するだけでなく、ある意味「共存する」という考え方も必要なのかもしれない。

 「天寿がん」という言葉がある。がんを発症しても、あたかも天寿を全うするかのように穏やかに亡くなる場合がこれに当たる。ある程度歳を重ねた患者さんの場合、抗がん剤や放射線治療による副作用と、がんの進行とを天秤にかけ、治療を受ける(続ける)かどうかを選択する必要があるのかもしれない。

 ただ、誤解のないように言っておくが、私は「あらゆるがんで抗がん剤や放射線の治療が不要」と主張しているわけではない。ケース・バイ・ケースで、根拠に基づいた適切な治療を行っていくべきだと考えている。

 巨泉さんの場合は、放射線治療や手術など、積極的に治療を行ったそうだ。それゆえ、ステージIVの中咽頭がんと診断されてからも3年間、死の直前まで雑誌の連載を続けられた。これは積極的な治療のおかげだったといえるのかもしれない。

 巨泉さんのがんと闘病、そしてその死は、私たち現代に生きる者にとって、決して別世界のことではない。それを心に刻みながら、大橋巨泉さんをしのびたい。

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榎木英介(えのき えいすけ)
近畿大学医学部附属病院臨床研究センター講師・病理医
榎木英介(えのき えいすけ) 1971年横浜市生まれ。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒、神戸大学医学部医学科卒。神戸大学医学部附属病院、兵庫県赤穂市民病院などを経て、近畿大学医学部附属病院臨床研究センター講師(病理学教室、病理診断科兼任)。病理専門医、細胞診専門医。著書に『嘘と絶望の生命科学』 (文春新書 986)、『医者ムラの真実』(ディスカヴァー携書)、『わたしの病気は何ですか?――病理診断科への招待』(岩波科学ライブラリー)などがある。

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