日経グッデイ

速水健朗の「フードスタイル時報」

流行はメディア情報で動く。はたしてこのワインブームは?

 文=速水健朗

『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』や『 ラーメンと愛国 』などの著書があるライター速水健朗氏によるコラム。食をはじめとする健康トレンドを独自の視点から切る。今回のテーマは、もはや一時的なブームとは言えないほど、広く日本に浸透した「ワイン」のお話。

日本人が飲むお酒の変遷をおさらい

 40歳に近づいた辺りからだ。同年代の男の友人たちが、居酒屋でホッピーを頼み始めた。ホッピー売り出しのマーケティングの勝利でもあるが、それだけではない。彼らがビール党を離脱し、ホッピーに転向した背景には、プリン体だ糖質だ尿酸値だといったものへの配慮、つまりは「健康問題」が絡んでいる。

 ホッピーは、ビールがまだ高級品だった戦後の時代に、その代用品として愛好された庶民的な飲み物だが、ここにきて健康という理由で復活。僕も、男のいとこが僕以外全員痛風持ちという事実を数年前に知って以降、お酒の飲み方には気をつけるようになった。痛風は、男女比で言うと圧倒的に男性がかかりやすい病気である。ホッピーに転向するのも圧倒的に男性である。

 ホッピーの歴史をさかのぼったついでに、少し戦後の日本人が飲むお酒の変遷を辿ってみたい。

 質の悪い模造酒であふれていた戦後直後の時代(当時は薬用アルコールを混ぜた酒で死ぬものも多かった)が終わると、日本人は国産ビールメーカーが作るビールを消費するようになった。ビールの消費量が日本酒のそれを上回ったのは、1959年のこと。当時「三種の神器」と言われた普及家電の一つである家庭用冷蔵庫が登場したことで、誰しもが家でビールを飲み始めたというのが大きい。

 外で飲むお酒としては、トリスバーでウイスキーを飲むのが1960年頃にブームになる。「トリスを飲んでハワイへ行こう!」というキャンペーンも話題を呼んでいた。海外への自由渡航が解禁される直前の時代のこと。

ワインブームも「ステイタス」から「健康」が主眼に

 さて、ワイン。ワインが一般庶民のお酒になるのは1970年代以降のこと。輸入自由化の1970年が第1次ワインブームだ。その後、いく度かのワインブームが訪れる。代表的なところでは、ボジョレーが人気になったバブル期(87年頃)の第4次ワインブーム、さらには97年頃から始まったポリフェノールの健康効果による第6次となるワイン(赤)ブームなどがある。

 ボジョレーブームの時代は、ワインを飲む生活とは、日本がやっと追いついた欧米の豊かさの実現でもあった。「あこがれ」「ステイタス」「背伸びした欧米的ライフスタイル」こうしたものがまだ当時のワインブームには詰まっていた。それが、第6次ブームのポリフェノールの健康効果が話題になったときは、「健康」に主眼が置かれるようになっていく。

「ステイタス」から「健康」へ。ブームの主眼は変化した。ホッピーの復活が「ビールの代用品」から「健康」へと主眼が移ったのと同じである。とにかく安く飲めればよかった時代から、最新型は「健康のため」になったのだ。酒類市場も、団塊世代、団塊ジュニア世代が「いい年」になってしまったこれから先は、「健康」という要素抜きには商売が成り立っていかなくなることは間違いない。

ワインの消費量は過去最大

 現在は、第7次ワインブームの真っ最中。現在のワインの消費量は過去最大だという。だが、第4次、第6次のブームよりも大きなワインブームが来ているという実感は、実のところ薄い。確かに街にはワインバルや立ち飲みワインバーなど、ワインが楽しめる場所が増えている。だがブームと言えるほどだろうか? 確かに、値頃で美味いニューワールドのワインがたくさん入ってくるようになった。それが、せいぜいのブームの背景である。いや、おそらくワインは「ステイタス」でも「背伸び」でもなくなったことで日本人の生活に「定着」したのだ。そして、相変わらず健康目的でワインを飲み続けている人も多い。

現在のワインブームを象徴するかのように、東京・上野の国立科学博物館では特別展「ワイン展-ぶどうから生まれた奇跡-」が開催(2016年2月21日まで)

食の傾向が情報によって左右される時代に

 戦後に日本人が親しんできたお酒のスタンダードの変遷を見てきたが、食にまつわるライフスタイルが時代とともに変遷するというのは、特異なことでもある。「フードファディズム」という言葉がある。食の傾向が、メディアなどの情報によって激しく左右される状態を指す言葉だ。アメリカでは、2000年頃を契機にそれまで健康食だと思われてきた、寿司やパスタが急に「非健康的」な食べ物という認識に変わったと『雑食動物のジレンマ』で知られる食ジャーナリストのマイケル・ポーランが指摘する。

マイケル・ポーラン著『雑食動物のジレンマ』(東洋経済新報社)

 それまでのアメリカ人は、自分たちの肥満の原因は、脂肪の多い肉を摂取しすぎることにあると思っていた。だが、むしろ肥満の原因は糖質の取り過ぎ、つまり炭水化物こそが敵であるといったように、人々の食に関する知識がメディアの情報によって覆されたのだ。

 これをイタリア人やフランス人に伝えたところで、彼らは100年以上にわたって食べてきた伝統的なパスタ料理を手放すわけではない。これまでもパスタで健康を維持してきたのだから。つまり、アメリカのような伝統の積み重ねがない国だから、「フードファディズム」が発生するのだ。そして、戦後の日本も、「フードファディズム」に流されやすい社会だ。ブームになった赤ワインを飲むことでポリフェノールが摂取できるという「メディア情報」から始まった第6次ワインブームは、典型的な「フードファディズム」である。だがそれは、20年近い月日の末に、日常的なライフスタイルとして定着した。「脱フードファディズム」が今後の健康食品を考える上で重要な要素になるだろう。ワインの定着とは、それを占う重要な事例だったように思う。

 ワインバルの客層を見ると、女性同士の客が多い。戦後からの日本人と酒の付き合いを見ると、当初はお酒を飲む主体は男性が中心だった。今はそうではない。今のワインブームとは、女性が外食でお酒を飲むのが当たり前になったということが統計に現れたという現象とも受け止められる。ポリフェノールは、熟成されたヴィンテージワインに多く含まれており、健康目的のワインユーザーも、いいワインを見極める目も肥えてきている。

 健康目的でホッピーを飲む男性たちも、プリン体を気にするのであればワインを飲むという選択肢もある。公益財団法人・痛風財団が発表しているアルコール飲料中のプリン体含有量比較(http://www.tufu.or.jp/gout/gout4/73.html)によると、国産の有力メーカーのビール、最近流行中の地ビールなどに比べても、ワインに含まれるプリン体は極めて少量。

 男性の中には、まだワインが好きというと、少し気取っているかのように思ってしまう自意識が残されている。ちなみに僕は、機会があるたびにワイン好きを公言しており、それが功を奏したのか、最近、誕生日のプレゼントなどでワインをいただく機会が増えた。お歳暮ならともかく、誕生日にビールをもらうという話はあまりない。贈答の品としてもワインはスマートな存在。ワイン好きを公言してきて良かった。ワインをもらうのは格別である。

速水 健朗(はやみず けんろう)さん
フリーランス編集者・ライター
速水 健朗(はやみず けんろう) 1973年石川県金沢市生まれ。パソコン雑誌の編集を経て、2001年よりフリーランスとして、雑誌や書籍の企画、編集、執筆などを行う。主な分野は、メディア論、20世紀消費社会研究、都市論、ポピュラー音楽など。2012〜2013年にかけてNHK総合『NEWS WEB 24』レギュラー出演。日本テレビ『シューイチ』(日曜日朝7:30~10:00)、フジテレビ『習慣フジテレビ批評』(土曜日朝5:00~6:00)TBSラジオの「文化系トークラジオLIFE」にレギュラーほか。著書『フード左翼とフード右翼』『1995年』ほか多数。ツイッターはhttps://twitter.com/gotanda6