フライト中に感染症はどこまで広がる?
「飛沫感染」の場合、座席の近い乗客以外のリスクは低い
大西淳子=医学ジャーナリスト
全世界で、年間にのべ30億人が飛行機を使って移動しています。ゆえに、もし乗客の中に致死的な感染症の患者がいて、フライト中に感染が広まると、同乗していた人々の健康が脅かされる危険性があります。
米国Emory大学のVicki Stover Hertzberg氏らは、インフルエンザなど「飛沫感染(*1)」で広がる感染症についてのシミュレーションを行い、乗客の中にこれらの感染症に感染している人が1人いた場合、感染リスクは最大で周囲の11人に上るものの、それ以外の乗客が感染する危険性は非常に低いことを示しました。

米国内のフライト10便に乗り込んで乗客の動きを調査
これまで、フライト中にSARS(重症急性呼吸器症候群)や新型インフルエンザなどの重篤な感染症が広がった例は10件を超えています。2014年には米国内で、エボラウイルス感染者が入院前夜に飛行機で移動していたことが明らかになり、不安が広まりましたが、幸いにして感染者は発生しませんでした。
機内に感染者がいた場合には、感染者の近く(1m以内)の座席にいる乗客だけでなく、機内を移動する乗客にも感染する可能性があります。しかし、実際に航空機の客室内で、乗客と乗務員の移動が呼吸器ウイルスの感染に及ぼす影響は不明でした。
そこで米国の研究者たちは、米国の大陸横断フライト10便(飛行時間は3時間半~5時間程度)に搭乗し、調査を行いました。対象は、エコノミークラスの乗客で、客室はすべて、通路が中央に1本あり、左右に3列ずつ座席があるタイプでした。研究者たちはフライト中の乗客と乗務員の行動と移動を記録し、得られた情報に基づいて、フライト中の感染の可能性をシミュレートしました。
10便の乗客は計1540人で、客室内で咳をしている乗客が1人いましたが、ひどく咳込んでいる乗客はいませんでした。乗務員は計41人で、咳をしている人は1人もいませんでした。
全乗客のうち38%は一度も席を立たず、38%は1回、13%は2回、11%は3回以上席を離れていました。3列シートの窓際の席にいた乗客に比べ、中央の乗客のほうが、さらに通路側の乗客のほうが、席を立つ割合は高くなっていました。通路を移動する1人の乗客が、着席している他の乗客から1m以内の範囲を通過していた時間と、そうした接触があった相手の数も全て記録しました。乗務員と他の乗務員の接触期間や、他の乗客との接触時間、接触した乗客の数なども記録しました。