日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

「繊細な指使い、豊かな顔の表情」を実現できるワケ

第19回 「大きな力」「細かな動き」を運動単位の大小でコントロール

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、前回紹介した「運動単位」を詳しく見ていきましょう。人間の身体は、いろいろな部位で運動単位が異なります。顔や前腕の筋肉は、微細な運動を実現するために運動単位は小さくなっています。一方、太ももやふくらはぎは、大きな力を出すために運動単位は大きくなっています。

目的によって運動単位のサイズは変わる

 運動神経とそれが直接支配する筋線維の集団をまとめたものが「運動単位」。そして、神経細胞が小さく、そこに含まれる筋線維の数が少ないものを「小さな運動単位」、神経細胞が大きく、たくさんの筋線維を含むものを「大きな運動単位」と呼ぶ—。このことは前回説明しました。筋肉の活動は、すべてこの大小の運動単位によって行われています。

 では、身体のいろいろな部位において、運動単位のサイズはどう変わってくるのでしょうか。

 仮に、小さな筋肉に大きな運動単位が詰まっていると考えてみましょう。1つ1つのサイズが大きいということは、必然的に運動単位の数は少なくなります。すなわち、筋肉を動かす指令系統が少ないということ。極端ないい方をすると、運動単位が10個しかなかったとしたら、その筋肉が発揮できる筋力のパターンは10通りしかないということになります。そうなると、高度なスポーツ動作はもちろんのこと、日常生活にも支障を来しそうですね。

 ですから、微妙な力を制御しながら細かい作業をしようという筋肉の場合には、運動単位は小さくて、たくさんあったほうがいい。小さな部隊がたくさんある軍隊のほうが、1つ1つの攻撃力は小さいかもしれないけれども、さまざまな作戦を遂行できるということになります。

 逆に、大きな運動単位が少数あるという場合も、それはそれで利点があります。その筋肉は微妙な動きは苦手ということになりますが、その代わり、一気呵成(かせい)に大きな力を出す必要のあるときに指令系統が単純ですむ。軍隊に例えると、部隊の数は少ないけれども大きな攻撃力を有しているようなもの、といえるでしょう。

 つまり、目的によって運動単位のサイズは変わってくるのが当たり前。実際、ヒトの身体は部位によって適切なサイズの運動単位が配置されています。

顔の表情筋は運動単位が小さく、数が多い。だからこそ目や口の微妙な動きや難しい発音が可能になる。(©Antonio Guillem-123rf)

ふくらはぎの運動単位は、手のひらの20倍以上

 ヒトの場合、顔の筋肉の中の運動単位は小さく、数がたくさん含まれています。それによって目や口の微妙な動きや難しい発音が可能になっているわけです。役者は顔の筋肉をトレーニングすることで、いろいろな表情をつくれるようになります。それも数多くの運動単位があるからこそ。もし大きな運動単位が少数しかなかったとしたら、魅力的な笑顔をつくることも難しくなりますし、円滑なコミュニケーションをする上でもいろいろな問題が生じてくるでしょう。

 手の指を動かす前腕の筋肉なども運動単位が小さく、たくさんあります。5本の指を巧みに使った細かく多彩な作業ができるのは、その仕組みのおかげです。

 小さな運動単位は微細な運動をつくり出すので、そのための指令もたくさん送る必要があります。当然、脳の中の神経の数も多くなければいけません。ヒトの場合、大脳の頭頂からこめかみ付近にかけて走っている「一次運動野」が運動をコントロールしていますが、そのなかの顔や手の指の筋肉をつかさどる面積は非常に広くなっていて、神経細胞もたくさんあります。そして、それに対応している運動単位もたくさんあるという関係が成り立っているわけです。

 それに対し、立ち上がったり、走ったり、ジャンプしたりするための脚部の筋肉などは、ドーンという大きな力を出すことは重要ですが、基本的に細かい作業を必要としていません。大きな力を一気に出すためには、いくつもある神経が同期して活動しないといけないので、多少おおざっぱであったとしても大きな運動単位が少数あるほうが都合がいい。

 ということで、お尻、太もも、ふくらはぎなどの筋肉の運動単位はサイズが大きくなっています。また、運動野の領域も、顔や手のものと比べるとかなり狭くなっています。

 具体的に、部位によって運動単位の大きさはどのくらい違うのかというと、例えば手のひらにある筋肉(虫様筋)の神経支配比は70~90くらいといわれています。つまり、1個の運動神経が70~90回ほど枝分かれして、70~90本の筋線維につながっています。一方、ふくらはぎの腓腹筋の場合、1個の運動神経が2000もの筋線維を支配しているという報告がされています。手のひらとふくらはぎでは、20倍以上も運動単位の大きさが違うということですね。

筋線維の特性と運動単位のサイズとの関係

 もう1つ、運動単位の大きさを決める要素として、筋線維の特性があります。

 筋線維は、大きく速筋線維と遅筋線維(詳しくは別の回で説明します)とに分けられますが、基本的に速筋線維は大きな運動単位をつくります。神経細胞そのもののサイズが大きく、枝分かれも多く、たくさんの筋線維につながっているのです。一方、遅筋線維にはどちらかというと小さな運動単位をつくるという特徴があります。

 速筋線維はドーンという大きな力を出すのが本来の役割なので、支配する側も大きな力を発揮する仕組みになっています。遅筋線維は大きな力というよりは、姿勢を維持したり細かい作業をすることに使われる場合が多いので、運動単位も小さくなっているということでしょう。

ヒトの身体は部位によって
適切なサイズの運動単位が配置されている。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。