日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

下手なトレーニングが逆効果になるワケ

第41回 トレーニング動作の学習効果の注意点

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、前回紹介したトレーニング動作の「学習効果」の注意点を見ていきます。筋トレは、何も考えずやみくもにすればいいわけではありません。筋トレをして、かえってパフォーマンスを落としてしまうことがあります。これは、そのスポーツの動作のために必要な“筋肉の使い方”を考慮せずにトレーニングを行ったためです。下手なトレーニングは、かえって逆効果になる可能性があるのです。

長距離選手はスプリンターよりレッグエクステンションがうまい

 前回トレーニング動作の学習効果について説明しました。ウェイトリフターが、ボディビルダーよりスクワットの数値が高いという実験結果が出たことについて、ウェイトリフターのほうがスクワット動作がうまいから、という分析をお伝えしましたね。

 もう1つ、セールというカナダの研究者が報告したもので、陸上競技のスプリンターと長距離選手にレッグエクステンション(膝の伸展筋力)をさせた実験があります。スプリンターのほうが筋肉の量でも横断面積でも勝っていますし、普段から大きな筋力やパワーを出すようなトレーニングをしていますから、普通に考えるとレッグエクステンションで発揮される力も圧倒的に強いはずです。ところが、実際はそうではなかった。見た目の割に、筋力にはそれほど差がないことがわかりました。

図 長距離走者とスプリンターにおける 膝伸展時の筋活動パターンの違いの模式図
筋電図から膝伸筋、膝屈筋のそれぞれの活動レベルを推定すると、膝屈筋の活動が長距離走者では低く抑えられているのに対し、スプリンターではかなり高い。(sale、1992 をもとに作図)
[画像のクリックで拡大表示]

 なぜそうなるのかを調べてみたところ、スプリンターがレッグエクステンションをするときには、ハムストリングスが比較的強く共収縮してしまうということが判明しました(右図)。つまり、大腿四頭筋が膝を伸ばそうとすると、ハムストリングスは逆に膝を曲げる方向に力を出してしまうのです。力が相殺されてしまうので、レッグエクステンションの測定上の筋力は弱いということになるわけですね。

 一方、長距離選手がレッグエクステンションを行うときは、大腿四頭筋が働いてもハムストリングスがあまり共収縮しません。これも前述のウェイトリフターとボディビルダーの例と同じで、平たいいい方をすると「長距離選手のほうがスプリンターよりレッグエクステンションがうまい」ということになります。

大腿四頭筋とハムストリングスが共収縮する理由

陸上競技のスプリンターがレッグエクステンションばかり行っていると、スプリント能力が落ちてしまう危険性がある。(©PaylessImages-123rf)
[画像のクリックで拡大表示]

 なぜ、スプリンターの大腿四頭筋とハムストリングスは共収縮してしまうのでしょうか。実は、そうしないと強い動作を安定して続けることができないからです。というのも、スプリント動作が強くなればなるほど、膝関節が外にズレる方向に回転力が働きます。そこで関節が外れないように、ハムストリングスがうまく押さえつけながら伸展動作を行うような仕組みになっているのです。

 股関節の場合は、梨状筋、閉鎖筋、双子筋といった細かい筋肉(ローカルマッスル)が複雑にサポートすることによって、大きな動作を行うときも安定したポジションがキープできるようになっています。しかし、膝関節にはローカルマッスルがありません。その代わり、ハムストリングスが力を発揮することで安定した膝の伸展を実現させています。だから、ハムストリングスのほうが大腿四頭筋よりも関節中心に近いところに付着しています。

 ハムストリングスは股関節の伸筋でもあるので、身体を大きく伸ばして走る動作をつくりながら、膝関節を安定させるという2つの役割を同時に担っています。それをスムーズに行うためには、大腿四頭筋との絶妙な共収縮が求められます。スプリンターは無意識のうちに、そうした筋肉の使い方を行っていることになります。

 そういう動作を日頃から繰り返しているので、大腿四頭筋を使って膝を伸ばすという課題を与えたときに、半ば自動的にハムストリングスが働いてしまう。一方、中長距離選手は力強くパワフルな動作を継続的に行うわけではないので、レッグエクステンションを行うときも、大腿四頭筋はしっかり働くけれどもハムストリングスは働かない、という状況をつくれるようです。

 ということは、スプリンターの膝の伸展筋力が強くないというのは、決して悪いことではない。ハムストリングスがしっかり働いているということの証明ですから、力強く走るという実動作にとっては、むしろプラスであるといえるでしょう。

下手なトレーニングをすればパフォーマンスが落ちる危険性も

 もう一歩先に考えを進めてみると、スプリンターはレッグエクステンションのトレーニングをしないほうがいい、ということになります。極端な意見ではありますが、レッグエクステンションを一生懸命に行い、学習効果によってその動作がうまくなってしまうと、大腿四頭筋とハムストリングスを共収縮させるという筋肉の使い方が逆に下手になってしまう可能性がある。結果的に、スプリントパフォーマンスにとってマイナスになるかもしれません。

 膝の伸展筋力が明らかに足りないという弱点がある場合、補強のためにレッグエクステンションを集中的に行うのはいいと思います。しかし、そうした課題がないのに、スクワットは腰に負担がかかるからといった理由でレッグエクステンションばかり行っていると、目的とする筋力アップには成功しても、スプリント能力は落ちてしまう危険性があります。

 これはスプリンターに限らず、あらゆるスポーツ選手にとって注意すべき点です。昔から、筋トレをして「身体が重くなってしまった」とか「関節の動きが悪くなってしまった」とかということがいわれてきましたが、これは全くの誤解。スポーツ動作のトレーニングは、その動作のための筋肉の使い方を学ぶことが大切であって、それを考えずに見よう見まねでトレーニングをすると、マイナスになることもあり得るのです。

 筋肉の使い方を理解して、正しいトレーニングをすれば、筋力が増した分、パフォーマンスも当然上がります。もし筋トレをした後にパフォーマンスが落ちたのだとしたら、それは下手な筋トレをしたからだと考えたほうがいいでしょう。

レッグエクステンションばかり行っていると、
目的とする筋力アップには成功しても、
スプリント能力は落ちてしまう危険性がある。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
“筋肉博士”石井直方先生の連載が1冊になって好評発売中!
『石井直方の筋肉の科学』
B5判、140ページ、1500円+税 発行/ベースボール・マガジン社

 日経Goodayのサイトでご紹介している「“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学」の連載が本になりました。

 筋肉の基本的な仕組みから、理想的なトレーニング方法まで、専門的に解説。

 全国の書店、またはベースボール・マガジン社サイトでお買いお求めください。

こちらからでもご購入いただけます
ベースボール・マガジン社 商品検索&販売サイト


この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。