“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、前回紹介したトレーニング動作の「学習効果」の注意点を見ていきます。筋トレは、何も考えずやみくもにすればいいわけではありません。筋トレをして、かえってパフォーマンスを落としてしまうことがあります。これは、そのスポーツの動作のために必要な“筋肉の使い方”を考慮せずにトレーニングを行ったためです。下手なトレーニングは、かえって逆効果になる可能性があるのです。
長距離選手はスプリンターよりレッグエクステンションがうまい
前回はトレーニング動作の学習効果について説明しました。ウェイトリフターが、ボディビルダーよりスクワットの数値が高いという実験結果が出たことについて、ウェイトリフターのほうがスクワット動作がうまいから、という分析をお伝えしましたね。
もう1つ、セールというカナダの研究者が報告したもので、陸上競技のスプリンターと長距離選手にレッグエクステンション(膝の伸展筋力)をさせた実験があります。スプリンターのほうが筋肉の量でも横断面積でも勝っていますし、普段から大きな筋力やパワーを出すようなトレーニングをしていますから、普通に考えるとレッグエクステンションで発揮される力も圧倒的に強いはずです。ところが、実際はそうではなかった。見た目の割に、筋力にはそれほど差がないことがわかりました。
なぜそうなるのかを調べてみたところ、スプリンターがレッグエクステンションをするときには、ハムストリングスが比較的強く共収縮してしまうということが判明しました(右図)。つまり、大腿四頭筋が膝を伸ばそうとすると、ハムストリングスは逆に膝を曲げる方向に力を出してしまうのです。力が相殺されてしまうので、レッグエクステンションの測定上の筋力は弱いということになるわけですね。
一方、長距離選手がレッグエクステンションを行うときは、大腿四頭筋が働いてもハムストリングスがあまり共収縮しません。これも前述のウェイトリフターとボディビルダーの例と同じで、平たいいい方をすると「長距離選手のほうがスプリンターよりレッグエクステンションがうまい」ということになります。