日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

トレーニングによる成果と筋肉量が一致しない不思議

第40回 トレーニング動作の学習効果

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は筋力トレーニングによる成果と、筋肉量の増加の関係について見ていきます。筋力トレーニングを始めて2、3週間もすると、筋肉がついてきたように感じ、実際にトレーニングが上手にできるようになります。しかし、実際に筋力を測ると、ほとんど伸びていないそうです。これはどういうことなのでしょうか。

トレーニング初期は学習効果で記録が伸びる

 筋力トレーニングをしている人は、それを始めたばかりのことを思い出してみてください。

 1回目のトレーニングの後は、間違いなく筋肉痛が起こったと思います。それに負けず、3日後くらいにもう一度トレーニングをすると、前回ほど負荷が上がらずに軽めのメニューになってしまったのではないかと思います。それは、1回目のトレーニングは筋肉に対して初めて本格的な負荷がかかるため、必ずオーバートレーニングになってしまうからです。

 さらにその3日後くらいになると、もう筋肉痛はなくなっていて、1回目に比べるとなんとなく負荷が軽くなったような、あるいは筋力が伸びているような気がする。3回目、4回目と続けていくに従って、その傾向はどんどん強くなる。そして3週間ほどすると、ずいぶんトレーニング効果が出ているような実感がある。ほとんどの人が、そのような体験をしているのではないでしょうか。

トレーニングを始めて2、3週間すると、トレーニングが上手にできるようになります。しかし、これは筋力が増えたためではなく「学習効果」により記録が伸びたものです。(©microgen-123rf)

 最近の研究では、トレーニングをスタートして2週間ほどで微妙に筋肉が太くなり始めるということがわかってきています。ただ、それはあくまで微妙な効果であって、筋肉が目に見えて肥大したり、最初のトレーニングのときよりベンチプレスが5kgも10kgも伸びたりすることはありません

 では、なぜ効果が上がったように感じるのかというと、ベンチプレスならベンチプレスを、スクワットならスクワットを行うのが上手になったからです。初期に感じるトレーニング効果の最大の要因は「学習効果」。別な言葉では「動作特異性」といいます。シンプルな動作とはいえ身体を使った運動なので、効率よく上手にできるようになれば、持ち上げられる重さは早い段階で増えてきます。

 例えば、実験室の中でレッグエクステンションの最大筋力を測ってみます。その後、あえてレッグエクステンションではなく、スクワットだけをトレーニングします。3週間ほどたった後、スクワットの1RMが10kgくらい伸びたとします。そこでレッグエクステンションの最大筋力をもう一度測ってみると、筋力はほとんど伸びていない、ということが起こります。

 レッグエクステンションを行うときに使う大腿四頭筋はスクワットでも鍛えられるはずなのですが、スクワットの記録が伸びても大腿四頭筋そのものはそれほど強くなっていないということになります。これは筋肉が太くなったわけではなく、スクワットをするときに全身の筋力を協調して使う能力などが、学習効果によって伸びただけなのです。

筋力増加の要因は3つ

 レッグエクステンションを強くしたいのであれば、レッグエクステンションのトレーニングをするのが一番いい。スクワットが強くなっても、レッグエクステンションが伸びるとは限らない。つまり、トレーニングによるパフォーマンスの増加は、そのトレーニング動作を向上させるものである、という観点が大切です

 とはいえ、実際は3カ月間しっかりトレーニングを行えば、筋肉が10%前後太くなるということは起こる可能性があります。これは動作特異性の問題ではなく、本当に筋肉が成長したという状態です。例えばレッグエクステンションでトレーニングをして、大腿四頭筋が10%太くなったとすると、レッグエクステンションのパフォーマンスそのものは通常20%ほど良くなります

 余分に増えた10%は何かというと、1つは動作特異性、もう1つは神経系の抑制の低減(頭でブレーキをかける作用が小さくなり、フルに筋肉を使えるようになった)です。同じ動作で比較した場合、筋力増加には、(1)筋肉が太くなって強くなること、(2)動作が上手になること、(3)神経系の抑制が低減されること、という3つの要素が含まれているということになるわけです。

ウェイトリフターはスクワットがうまい?

 下の図はスクワットを8週間行った後の筋力増加を示したものです。驚くべきことに、スクワットの1RMは実に70%も伸びています。ところがレッグプレスでは30%、膝の伸展筋力は5%ほどしか伸びていません。

[画像のクリックで拡大表示]

 また20年ほど前、私の研究室でウェイトリフティングとボディビルのトップ選手の筋力を評価した際、レッグエクステンションと膝の伸展筋力では、ボディビルダーのほうが圧倒的に強いという結果が出ました。ところが、筋量ではボディビルダーのほうが勝っているにもかかわらず、膝と股関節を一気に伸ばすハックスクワットという種目(スクワットに近い動作)では、ウェイトリフターのほうが高い記録を出しました。

 要因としては、ウェイトリフターの普段のトレーニングはスクワットやデッドリフトが中心で、レッグエクステンションはあまり行わないということが挙げられるでしょう。一方、ボディビルダーはスクワットも行いますが、それと同等かそれ以上に、大腿四頭筋を直接的に鍛えるためのレッグエクステンションを行います。それぞれの種目に割かれた時間の違いによって、測定した際のパフォーマンスも変わってきます。これも長期的な動作の学習効果。平たいいい方をすると、ウェイトリフターのほうがスクワットがうまい、ということになります。

【1】筋肉が太くなって強くなること
【2】動作が上手になること
【3】神経系の抑制が低減されること
筋力増加には3つの要素が含まれている。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。