日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

筋肉のつきやすさのタイプに応じてトレーニングを変えよう

第61回 「筋肉学」を現場で活用する(1)

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。これまで、筋肉を太くするためのさまざまなメカニズムを解説してきました。万能のトレーニングというものはなく、それぞれのトレーニングに⻑所と短所があります。そのため、取り組んでいる競技、抱えている⽋点などによって、選ぶべきトレーニングはおのずと変わってきます。

筋肉を肥大させる唯一無二の刺激はない

 前回まで、筋肉を太くするためのさまざまなメカニズムについて説明してきました。トレーニングによって筋肉が太くなるという現象は一見すると単純そうですし、身近なことでもあるので、そのメカニズム自体もシンプルであるように思いがちですが、実際には複数の要素が複雑に絡み合っていることを理解してもらえたと思います。

万能のトレーニングはなく、それぞれに長所と短所がある。また、一定の刺激に対して身体が慣れてしまう「馴化」も起こる。それらを理解した上で工夫を続けることが重要。(c) Wavebreak Media Ltd - 123rf

 日常的にトレーニングをしている人は、筋肉を少し刺激しただけで太くなってほしいと願うかもしれません。しかし、それは身体にとって決して望ましいことではありません。1つのメカニズムで身体に変化が起こってしまったら、それは生きる上で危険なシステムといえます。環境や生活の変化、あるいは、なんらかの手違いで際限なく筋肉が太くなってしまう可能性もあるからです。

 まるで別の生き物のように、筋肉が意思のコントロールを超えて暴走してしまうと、それが原因で健康を害したり、日常的な運動に支障が生じたりすることもあり得ます。極論すると「筋肉に殺される」ような状況にもなりかねないのです。ですから、日常的な刺激で安易に筋肥大が起きてしまわないように、さまざまな要素がバランスを取り合っているのだと考えられます。そして、筋肉を太くしなければ生命としての危機に瀕すると判断された場合、あるいは二重三重の刺激によって本当に筋肉を太くする必要があると総合的に判断された場合、初めてしかるべき適応が起こるのでしょう。

 さまざまな要素を挙げてきたため、何をすればよいのかわからなくなってしまったかもしれませんが、私にも正解はよくわかりません。これさえ満たせばよいという唯一無二の刺激はなく、多くの要素をすべて無理なく満たすような刺激を加えるのが効果的、という曖昧な答えしか出ていないのが現状なのです。

効率よく筋肉を鍛えるには単一の方法に依存しないほうがいい

 1つの要素で筋肉が強く太くなるわけではない――ということは、単一の方法だけが正しく、ほかの方法が間違っているということもいえなくなります。

 そもそも万能のトレーニングというものはなく、それぞれに長所と短所があるものです。あるタイプの刺激は強くても、別なタイプの刺激は弱いということもあります。それぞれのトレーニングの特性を理解した上で、単一の方法に依存しないということも、筋肉を効率よく鍛えるためには大切なことです。

 例えば、強度を重視したトレーニングを行えば、当然ながら力学的な刺激が強くなります。あくまで強度にこだわるのであれば、ヘビーデューティートレーニング(超高負荷でゆっくり動作し、少ないセット数で追い込む)という方法もあります。

 一方、量を重視したトレーニングの場合は、容量(ボリューム)が大きくなるため、代謝的な刺激が強くなります。ヘビーデューティーの対極に位置するトレーニングとしては、低負荷で徹底的に回数を増やして追い込んでいくという方法があります。

 あるいは加圧トレーニングやスロートレーニングのように、負荷は軽めにして、筋肉の中の酸素環境を悪化させるという特殊な方法を利用する手もあるでしょう。これは、高負荷・低回数のトレーニングや低負荷・高回数のトレーニングよりも、身体全体に及ぼすストレスは軽減されます。

「馴化(じゅんか)」が起こったら刺激のタイプを変えてみる

 ただ、筋肉を太くする要素がたくさんあるからといって、あらゆるものに手を出そうとすることが誰にとってもプラスになるとは限りません。取り組んでいる競技、抱えている欠点などによって、選ぶべきトレーニングはおのずと変わってくると思います。

 例えば、瞬発的な能力をもった筋肉をつくるのか。それとも持久性の高い筋肉をつくるのか。目的が違えば、具体的な手法にもかなり違いが出てきます。

 また、筋肉のつきやすさは個人によって多少の違いがあり、大きく分けると強度を重視したほうが発達しやすいタイプ、逆に少し強度が低くても量を増やしたほうが効果が表れやすいタイプがあると思われます。自分がどういうタイプに属しているのかを知り、トレーニングを選ぶ際の基準にしてもいいでしょう。

 最近は遺伝子の研究も進んでいて、筋肉のつきやすさを判断しやすくなっています。ただ、そうした科学的な根拠に頼らなくても、ある程度トレーニングに親しんでくれば、自分がどちらのタイプなのか感覚的にわかってくるかもしれません。それを早い段階で把握することができれば、その後の成長に大きな影響を与える可能性もあると思います。

 自分のタイプがわかったとして、同じタイプのトレーニングばかり続けることも推奨はできません。生物の体には「馴化」という特性があり、一定の刺激しか与えていないと身体が慣れてきてしまい、あまり反応しなくなってくるからです。いわゆる「伸び悩み」は、そんなときに起こります。

 タイプ的に高強度・低回数のトレーニングが合っている人でも、馴化が起こってしまった場合は、一時的に低強度・高回数のトレーニングに変えてみるなどの工夫が必要です。

あらゆるトレーニングに手を出しても
プラスになるとは限らない。
取り組んでいる競技、抱えている欠点などによって、
選ぶべきトレーニングはおのずと変わってくる。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。