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“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

筋肉を疲労困憊に追い込めば、筋肉は太くなりやすい

第60回 筋肉の内部環境

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。筋肉を太くするためには、トレーニングの負荷強度は重要です。しかし、最近の研究では、必ずしも負荷強度にこだわる必要はないことが分かってきました。高い負荷をかけなくても、工夫次第で筋肉を太くすることができるのです。

加圧トレやスロトレは筋肉の内部環境を即効的に悪化させる

 2000年代前半までのトレーニング界には「メカニカルストレス信仰」、つまり負荷強度こそが筋肥大の絶対条件という価値観があり、80%1RM前後のスタンダードな負荷を使わなければ筋肉は太くならないと、半ば盲信されてきました。

 もちろん負荷強度は重要です。しかし、これまで説明してきたように、最近の研究ではその考え方が大きく変ってきています。必ずしも負荷強度にこだわる必要はありません。どんな負荷を使っても、あるいは自重トレーニングであっても、工夫次第で筋肉を太くすることができるのです。

 そのような方向にシフトしたきっかけは、加圧トレーニングスロートレーニングの研究でした。軽い負荷でも筋肉が太くなるのはなぜか? その疑問を解き明かしていく過程で、それまでの常識とは違うメカニズムが明らかになってきたのです。

筋肉をオールアウトまで追い込む工夫をすれば、軽い負荷であっても筋肥大は起こりやすくなる。(c)Aleksander Kaczmarek -123rf

 加圧トレやスロトレには、「筋肉の中の環境が急速に悪化する」という共通の現象があります。環境が悪化するとは、1つは筋肉の中の酸素環境が悪くなるということ。筋肉が運動することによって血中のヘモグロビンと結合している酸素が消費されると、通常はそれを補うために酸素を結合した新たなヘモグロビンが筋肉に届けられます。ところが、加圧トレやスロトレで血流が阻害されると、新たにヘモグロビンが送られてこないため、筋肉の中の酸素を結合したヘモグロビンの量が減っていきます。その結果、利用可能な酸素濃度がどんどん低下していくという現象が起こるわけです。

筋肉内の酸素濃度が下がると速筋線維が動員されやすくなる

 筋肉の中で利用可能な酸素が減ると、酸素を必要とする遅筋線維ではなく、酸素の供給が不十分でも働ける速筋線維がより多く動員されることになります。

 速筋線維がたくさん使われると、そこから乳酸が分泌されるのですが、血流が阻害されていると、出てきた乳酸などは筋肉の中に溜まっていきます。すると、筋肉の中にある代謝物受容器(筋肉の中でできた物質を受容する感覚器)が興奮し、その結果、筋肉が重くなったような感覚が生じます。さらに、そうした信号が中枢に届くと、中枢はいろいろなホルモンを分泌させる指令を出すことがわかってきました。

 速筋線維は筋肥大に直結する筋線維です。「筋肥大とホルモンとの間に直接的な相関関係はないが、筋肥大のための刺激とホルモンを分泌させる刺激は共通している」ということを数回にわたって書いてきましたが、これも上記のメカニズムによって説明がつきます。

 加圧トレやスロトレでなくとも、筋肉が極度に疲労すると、筋肉の中の酸素環境は悪化します。トレーニングで筋肉をオールアウト(疲労困憊)にまで追い込めば、速筋線維にトレーニング効果が表われやすくなるわけです。重い負荷であっても軽い負荷であっても、オールアウトに追い込む工夫さえすれば、筋肥大は起こりやすくなるのです。

内部環境を悪化させれば低負荷・高回数でも筋肥大は起こる

 80%1RM前後の強度を使ったトレーニングの場合、8回ほど動作を繰り返し、それを3セットも行えば筋肉をオールアウトまで追い込むことができます。したがって、強度の高いトレーニングは効率よく速筋線維を動員することができ、短時間で筋肥大効果を生み出すことができるということになります。言い方を変えると、回数の少ない楽なトレーニングで筋肥大をさせたかったら、負荷を重くする必要があるということです。その上で、フォーストレップスやディセンディング法などで容量(ボリューム)を高めれば、さらに筋肥大効果は高くなります。

 一方、軽い負荷や自重トレーニングで筋肥大をさせようと考えた場合、回数を増やさなければなりません。あるいは、少ない回数でオールアウトに追い込めるような工夫を取り入れる必要があります。その分、心身共にストレスが大きくなることは否めません。

 ただ、成長期にある子どもの筋力トレーニングでは、バーベルなどの大きな負荷を使わず、軽めのダンベルや自重を使った低負荷のトレーニングがメーンになると思います。それで筋肥大を促すには、どうしても高回数という要素が必要になることを指導者は覚えておいたほうがいいでしょう。昔から行われてきた、いわゆる“根性型”のトレーニングは、決して間違いではなかったということになります(もちろん“しごき”になってしまうのはいけませんが)。

 そして、低負荷・低回数のトレーニングでも筋肥大を起こすことができる特殊な方法が、加圧トレやスロトレです。つらいトレーニングで心身のストレスを感じたくない人、あるいは高齢者などは、これらを存分に活用するといいでしょう。

 このように、メカニカルストレス信仰は、今では過去のものになりつつあります。ホルモンという循環系の要因が筋肥大を促しているという考え方が主流になった時代もありましたが、それも今はマイナーな要素と見られるようになり、むしろ筋肉の内部環境という局所的な問題が重要である、と考えられるようになってきています。

 重いものを持てば太くなる――その考え方が覆されたのは、ある意味、画期的といえます。それによって、筋力トレーニングが成長期の少年や高齢者を含む一般層に、さらに普及する土壌ができ上がったからです。

筋肉が極度に疲労すると、
筋肉の中の酸素環境は悪化する。
その結果、酸素の供給が不十分でも働ける
速筋線維がより多く動員される。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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『石井直方の筋肉の科学 ハンディ版』
A5判並製、272ページ、1400円+税 発行/ベースボール・マガジン社

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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。
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