筋肉内の酸素濃度が下がると速筋線維が動員されやすくなる
筋肉の中で利用可能な酸素が減ると、酸素を必要とする遅筋線維ではなく、酸素の供給が不十分でも働ける速筋線維がより多く動員されることになります。
速筋線維がたくさん使われると、そこから乳酸が分泌されるのですが、血流が阻害されていると、出てきた乳酸などは筋肉の中に溜まっていきます。すると、筋肉の中にある代謝物受容器(筋肉の中でできた物質を受容する感覚器)が興奮し、その結果、筋肉が重くなったような感覚が生じます。さらに、そうした信号が中枢に届くと、中枢はいろいろなホルモンを分泌させる指令を出すことがわかってきました。
速筋線維は筋肥大に直結する筋線維です。「筋肥大とホルモンとの間に直接的な相関関係はないが、筋肥大のための刺激とホルモンを分泌させる刺激は共通している」ということを数回にわたって書いてきましたが、これも上記のメカニズムによって説明がつきます。
加圧トレやスロトレでなくとも、筋肉が極度に疲労すると、筋肉の中の酸素環境は悪化します。トレーニングで筋肉をオールアウト(疲労困憊)にまで追い込めば、速筋線維にトレーニング効果が表われやすくなるわけです。重い負荷であっても軽い負荷であっても、オールアウトに追い込む工夫さえすれば、筋肥大は起こりやすくなるのです。
内部環境を悪化させれば低負荷・高回数でも筋肥大は起こる
80%1RM前後の強度を使ったトレーニングの場合、8回ほど動作を繰り返し、それを3セットも行えば筋肉をオールアウトまで追い込むことができます。したがって、強度の高いトレーニングは効率よく速筋線維を動員することができ、短時間で筋肥大効果を生み出すことができるということになります。言い方を変えると、回数の少ない楽なトレーニングで筋肥大をさせたかったら、負荷を重くする必要があるということです。その上で、フォーストレップスやディセンディング法などで容量(ボリューム)を高めれば、さらに筋肥大効果は高くなります。
一方、軽い負荷や自重トレーニングで筋肥大をさせようと考えた場合、回数を増やさなければなりません。あるいは、少ない回数でオールアウトに追い込めるような工夫を取り入れる必要があります。その分、心身共にストレスが大きくなることは否めません。
ただ、成長期にある子どもの筋力トレーニングでは、バーベルなどの大きな負荷を使わず、軽めのダンベルや自重を使った低負荷のトレーニングがメーンになると思います。それで筋肥大を促すには、どうしても高回数という要素が必要になることを指導者は覚えておいたほうがいいでしょう。昔から行われてきた、いわゆる“根性型”のトレーニングは、決して間違いではなかったということになります(もちろん“しごき”になってしまうのはいけませんが)。
そして、低負荷・低回数のトレーニングでも筋肥大を起こすことができる特殊な方法が、加圧トレやスロトレです。つらいトレーニングで心身のストレスを感じたくない人、あるいは高齢者などは、これらを存分に活用するといいでしょう。
このように、メカニカルストレス信仰は、今では過去のものになりつつあります。ホルモンという循環系の要因が筋肥大を促しているという考え方が主流になった時代もありましたが、それも今はマイナーな要素と見られるようになり、むしろ筋肉の内部環境という局所的な問題が重要である、と考えられるようになってきています。
重いものを持てば太くなる――その考え方が覆されたのは、ある意味、画期的といえます。それによって、筋力トレーニングが成長期の少年や高齢者を含む一般層に、さらに普及する土壌ができ上がったからです。
筋肉が極度に疲労すると、
筋肉の中の酸素環境は悪化する。
その結果、酸素の供給が不十分でも働ける
速筋線維がより多く動員される。
(構成:本島燈家)
東京大学教授

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