日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

競技でのパワーを高めるには?

第14回 筋出力の70%、1RM 前後の負荷が筋肉を太くして筋力をつける

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、高いパワーを出す領域の広げ方について。ベーシックな筋力を高めた上で、軽い負荷を使ってスピードを出すトレーニングを行い、ピークパワーを高めていくという順序をとれば、全体として大きなパワーカーブが得られます。

ピークのパワー発揮を高める

 筋肉の性能をフルに発揮させるには、負荷を最大筋力の30~35%に設定すればいい、ということを前回(参照記事:『運動パフォーマンスにおける筋の力学的パワー』)お話ししました。最大筋力のおよそ3分の1でパワーが最大になるのであれば、パワーを高めるためには最大筋力の3分の1くらいの負荷でトレーニングすればいいのではないか…と、そういうストレートな発想が生まれてくると思います。

 それはそれでかまいません。実際、そういう研究はされていて、3分の1、あるいはもう少し軽い負荷を使ってスピードを重視したトレーニングを行うと、ピークパワーが上がってくるという結果が出ています。最大筋力はそれほど伸びませんが、瞬間的なパワーが伸びるのです。

「軽い負荷でのスピードが上がることによって、最大筋力の30~35%くらいの範囲で発揮できるパワーが伸びてくるのだと思われます」(石井)。(©Herbert Kratky-123rf)
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 なぜ、そうなるのでしょうか。これは筋肉そのものが変化するわけではなく、筋肉を制御する神経系の特性が変わってくるのだと考えられます。例えば、軽い負荷の下でたくさんの筋線維を使えるようになる。あるいは、軽い負荷のときに素早い動きができるように、速筋線維を早めに動員するような仕組みができてくる―。いずれにしても、軽い負荷でのスピードが上がることによって、最大筋力の30~35%くらいの範囲で発揮できるパワーが伸びてくるのだと思われます。

 ピークのパワー出力を高めようという単一の目的のためには、これは理にかなったやり方です。筋肉はそれなりにあるけれども、素早い動きでのパワーが不足しているといった課題がある場合には、このようなトレーニングをするのが一番いいでしょう。 

ピークパワーの高さは必ずしも実用的ではない

 こういう話をすると、ある誤解が生まれがちです。30~35%の負荷でピークパワーが高くなるなら、何をおいてもその負荷を使って最大のスピードでトレーニングをするのが一番いいんじゃないかと。

 確かに、パワーが大きいということは対象物に対して大きな力学的エネルギーを与えることができるわけですから、ピークパワーを高めることは非常に大事です。

 しかし、上記の考え方は、パワーのピークしか見ていないということになります。ピークパワーだけを測定する競技があったとしたら、そのトレーニングはベストかもしれませんが、現実のスポーツはそうではありません。もっと大きな負荷がかかる状況で大きなパワーを発揮しなければいけない場合もありますし、刻一刻と変化する条件の下、いろいろな負荷でのパワー発揮が求められます。ピークパワーを高めるというのは、実はモーターや自動車のエンジンと同じように、筋肉の性質をカタログ上で数値化したにすぎないのです。

 エンジンのパワーは「馬力」で表示されますが、これも実は限定的な条件下での数字です。280馬力と書いてあれば、最もパワーが出やすい条件のときに280馬力が出るということ。ピークパワーだけを見るなら、確かに200馬力のエンジンよりも上ということになります。

 ところが、200馬力しか出ないタイプのエンジンでも、いろいろな条件の下で幅広く200馬力が発揮されることもあります。ですから、本当に目的に合ったエンジンを選ぶためには、どういう回転速度のときに、どういうパワーが出るのかということを見なければいけません。

 280馬力のエンジンは、実は8000回転まで回さないとピークパワーが出ないかもしれない可能性もあるのです。一方、200馬力のエンジンは、日常的な2000回転で十分なパワーが出るかもしれません。となると、条件が限られている280馬力よりも、日常で幅広く使える200馬力のほうが、実用性は高いということになるのです。

さまざまな場面に対応したパワー発揮能力を高める

 筋肉もエンジンと同じで、一番いい条件では高いパワーが出るけれども、条件が変わるとあまりパワーが出ないということではまずい。力-速度関係を全体的に見すえた上で、高いパワーが出る領域を広げていくことが重要です。重たい負荷がかかったときも、軽い負荷しかかからないときも、それなりに十分なパワーを出せるようにしておけば、スポーツのさまざまな場面に対応したパワーを発揮できることになるわけです。これは単純にピークパワーを高めるよりも、ずっと優先順位が高いといえるでしょう。

 具体的には70% 1RM 前後の負荷でトレーニングをしていくと、筋肉が太くなりながら筋力が増してくるので、幅広い条件下でのパワー発揮能力が高くなっていきます。スピード、軽い負荷でのピークパワーはあまり変わりませんが、重い負荷でのパワーがより高くなります。そうしてベーシックな筋力を高めた上で、軽い負荷を使ってスピードを出すトレーニングを行い、ピークパワーを高めていくという順序をとれば、全体として大きなパワーカーブが得られます。

 スポーツのパフォーマンスを高めるためには、こうした設計図に従ってメニューを組み立てていくことが大切だと思います。

(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。