日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

運動パフォーマンスにおける筋の力学的パワー

第13回 筋肉の性能を引き出すには、最大筋力の30%の負荷が最も効率的

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、筋肉という組織を最も効率よく使う、筋肉の性能をフルに発揮させる方法について。効果的なトレーニング方法にもつながります。

物が動かないと、筋肉が仕事をしたことにならない

 前回(『スポーツ動作の質と力に関わる、筋肉の「動的特性」』)は筋肉の動的特性としての力-速度関係についてお話ししました。今回は、その関係から導き出される力学的パワーについて説明します。実際の運動パフォーマンスにおいては、このパワーというものが非常に重要な意味をもってきます。

 物を持ち上げる(動かす)という行為は、筋肉の働きとしてはアイソメトリック(等尺性収縮)からコンセントリック(短縮性収縮)の領域です。力を出していてもギリギリ負荷が持ち上がらないところが等尺性最大筋力に等しい力になり、負荷が軽くなるに従って徐々に持ち上げるスピードが上がってくる。そこでは筋肉がコンセントリックな収縮をしているわけですね。

 等尺性最大筋力を発揮しているときは速度がゼロですから、筋肉はエネルギーを使っていません。力は出しているけれども仕事をしていない、という奇妙な状態になっています。力学的な観点だけで考えると、いくらやっても疲れない状態でもあるということになります(実際は熱という形でエネルギーは産生されています。このことは別の回で説明します)。

「最大筋力の3分の1くらいになるようにトレーニングをして、筋力を伸ばしていきましょう」(石井)。(©lanak-123rf)
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 一方、コンセントリックな領域では、筋肉が出している力と、どのくらい物を動かすかという距離によって仕事の大きさが決まります。同じ力を作用させて一定の距離を動かす場合、筋肉がなす仕事は「力×距離」という式で求められます。負荷が重ければ重いほど筋肉の仕事は大きくなり、軽くなればなるほど小さくなる。そして最終的に負荷がゼロになって最大速度を出しているときは、速度は大きくても力がゼロなので、やはり仕事はゼロということになります。つまり、力を発揮して物を動かさないと、筋肉は仕事をしたことにならないわけです。

パワーのピークは最大筋力の30~35%

 では、筋肉の力学的パワー(仕事率)を求めてみましょう。パワーとは1秒間当たりに筋肉がどのくらい仕事をするかということですから、最も単純な計算式は力×距離÷時間になります。仮に筋肉が出す力が一定だとすると(等張力性条件)、力は時間に依存せずに一定になるので、力×(距離÷時間)。距離÷時間は速度ですから、等張力性条件のもとではパワー=力×速度ということになります。

 前回では肘の屈筋で調べた力-速度関係のグラフを掲載しましたが、この双曲線状のグラフができていれば、あとは力(横軸)と速度(縦軸)をかければ、自動的に力とパワーの関係をグラフにすることができます。これは下図にあるように、鍋を伏せたような、上に凸の放物線を描きます。このグラフからもわかるように、等尺性最大筋力を発揮しているときは、力は最大でも速度がゼロなのでパワーもゼロ。また、無負荷最大速度のときは、力がゼロなのでパワーもゼロになります。

図 ヒト筋の力−速度関係から得られる力−パワー関係
(石井、1994より改変)
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 動作に関わる筋肉が増えて複合関節動作になると、話は複雑になるのですが、肘を曲げる、膝を伸ばすといった単関節動作においては力-速度関係はきれいな双曲線になり、そこからパワーを導き出していくと最大筋力の30~35%くらいの力を出しているときにパワーがピークになることがわかります。これは、ほとんどすべての筋肉に共通している特性です。

筋肉の性能をフルに発揮させるには?

 ということは、筋肉という組織を最も効率よく使う、筋肉の性能をフルに発揮させるというエンジニア的な観点から負荷の設定を考えると、それは最大筋力の30~35%の負荷ということになります。例えば、自転車で速く走ろうとする場合は、最大筋力の30~35%になるようなギアを選ぶのが、最も効率的といえます。

 パワーが大きいということは、筋肉が一定時間にたくさん仕事をするということ。これは「筋力発電」のような話にも発展していきます。省エネを狙って、自転車をこぐことで自宅の電力をまかないたいと考えたとしましょう。ピーク電力を高くしたい場合は、ペダルの重さをこぐ人の最大筋力の30~35%になるように工夫すればいいわけです。ギアを軽くしてスピードを高めすぎてもダメですし、逆にギアを重くしてゆっくり力を出すようにするのもダメ。3分の1くらいの力が一番いいのです。

 前回も触れましたが、ある機械に適合したモーターを探すときも、このような視点をもつことが重要です。モーターの力-速度関係は筋肉と違って双曲線ではなく直線状になり、最大のパワーが発揮されるのは、そのモーターがもつ最大の力の約50%になります。ですから、その機械を動かすために必要な力が、そのモーターの最大の力の半分くらいになっていると、目的にフィットしたモーターということができます。

 人間を動力として使うことを考える場合も、基本的な戦略はモーターと同じ。その機械を動かすために必要なパワーが、最大筋力の3分の1になるのが理想ですから、そういう筋力をもった人を選べばいい。あるいは、必要とされる力が最大筋力の3分の1くらいになるようにトレーニングをして、筋力を伸ばしていきましょう、ということになるわけですね。

(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。