日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

簡単なようで難しい? 握力や背筋力を正しく測定する方法とは

第36回 “筋肉そのものの性質”を知るのに適した等尺性随意最大筋力の測定

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、握力や背筋力など“静的な筋力”を測定する方法を取り上げます。一見簡単そうに見えますが、測定の仕方には十分に気を付ける必要があります。例えば、握力を測るときのグリップ幅の調整だけで、測定値が10%前後も変わることがあります。

握力計・背筋力計による測定は簡単なようで難しい

握力や背筋力などは誰もが一度は測定したことがあるでしょう。簡単そうに見えますが、測定には注意すべきポイントがあります。(©Rakchat Suktum-123rf)

 前回で解説した1RM筋力は、あくまで負荷を上げる動作が成立するかどうかを基準としているため、動作を担う筋肉すべてが、その負荷をクリアするだけの力をもっている必要があります。一部でも力が不足している部分があったり、うまく使えない筋肉があったりすると、その負荷は持ち上がらないということになる。逆にいえば、弱い部分の筋肉をトレーニングしただけで1RMが伸びる可能性もあるわけです。

 その点、今回の等尺性随意最大筋力は、静的な筋力(止まっているときの筋力)なので、動作そのものが及ぼす効果を除外して測定することができます。真の筋肉の性質の違い、筋肉の機能の構造を、動作と無関係で測れるというのは利点だといえるでしょう。

 運動に慣れていない人が初めてトレーニングをすると、3~4カ月で1RM筋力が2倍になったりすることがあります。ところが、等尺性随意最大筋力を測定してみると、5~10%増し程度であることが多い。これは5~10%が筋力の増加であり、残り95~90%の増加分は学習効果によって動作が上手になった、と考えるのが自然です。

 この例からもわかるように、筋肉そのものの性質を知ることが重要な場合は、1RM筋力以外の測定を行ったほうがいいのです。そのなかで等尺性随意最大筋力の測定は最も手軽な方法ですが、測定の仕方には十分に気を付ける必要があります。例えば、握力を測るときにグリップの幅はどのくらいが最適なのか。その調整によって、測定値が10%前後も変わってくることがあります。手の形も人によって違うため、指関節の位置を同じにしたところで同じような最大筋力が発揮できるとは限りません。これまで山のように集積されてきた握力のデータも、恐らくそこまで繊細な考慮がされているとは思えません。

 背筋力も同様で、チェーンの長さをどのくらいに設定するかによって、数値はかなり変わってきます。もちろん基本的な姿勢の規定はありますが、すべての人がそれを厳密に遂行してはいないでしょう。同じ装置で測定しても、誰もが同じ条件になるとは限りません。やり方そのものは簡単なのですが、正確な数値を出すのは難しい。それが、等尺性随意最大筋力を測定する際の注意点です。

筋力は関節角度によって変動する

 また、筋力は関節角度、つまり力を発揮しているときの筋肉の長さによって変動します。例えば肘の屈曲の場合、関節が伸びているときと90度くらいの角度のときとではかなり違う値になります。筋力(肘の回転力で見た場合)が最大になるのは100~110度の間で、それより伸びたり曲がったりしていると、より低い筋力の値になってしまうということになります。

 この関節角度と筋力との関係をしっかり理解した上で、筋力を測る際には同じポジション、同じ条件で行うようにしましょう。数値が上昇したと喜んでも、それがフォームの違いによるものだったとしたら、それは筋力を正しく評価していることにはなりません。もっとも、個人のデータを測定する場合は、トレーニング前とトレーニング後でやり方やフォームが大きく変わるということはないはずなので、それほど難しいことではないと思います。

筋肉の立ち上がり速度を高めるトレーニング

 等尺性随意最大筋力は基本的に止まった状態で測定するものですが、そのデータを基に、筋力を一気呵成にピークにもっていく、「筋力発揮速度」というスポーツ競技に重要な要素を評価することができます。

 最大筋力が最終的に高い人でも、筋力を発揮し始めてから0.5~1秒という時間をかけてゆっくり力が上がっていくタイプである場合、その筋力を素早い動作に結びつけることは難しくなります。素早い動作というと、例えば200~300ミリ秒といった短い時間での筋力発揮が要求されるので、その間に筋力を立ち上げることができるかどうかが問題となってきます。

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 図にあるように、筋力の立ち上がりの曲線からピークの半分に達するまでにかかる時間を測定すると、「2分の1立ち上がり時間」と呼ばれる数値を出すことができます。これが筋力発揮速度の有効な指標になります。2分の1立ち上がり時間が短いほど、筋力がピークに達する時間が速いということ。これを筋力トレーニングで高めていくことが、素早いスポーツ動作の下地になっていくのです。その上でスポーツ独自の技術練習をすれば、パフォーマンスの向上も期待できるでしょう。

 普通のトレーニングでは、筋力発揮速度を高めることはなかなかできません。負荷が重くなるほど負荷を動かすことが重要になってくるため、立ち上がりの速さには結びつきにくいのです。だからといって、重い負荷を急速に跳ね上げようとすると、ケガをする危険性が高まります。

 筋力発揮速度を高めるには、少し軽めの負荷を使い、瞬間的に大きな力を出して素早く動かす、いわゆるバリスティックなトレーニングが求められます。負荷としては1RMの30~50%ほどで十分。ただし、一気に負荷を持ち上げるというタイプのトレーニングをすることです。

筋力発揮速度を高めるには、
少し軽めの負荷を使い、瞬間的に大きな力を出して
素早く動かすトレーニングが求められる。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。