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“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

筋肉を太くするカギを握る「インスリン様成長因子」とは

第58回 トレーニングの容量を高める(2)

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。筋肉を太くする要因として、かつては成長ホルモンが重要視されていましたが、最近の研究ではあまり重要だと考えられなくなっています。今、注目されているのが、トレーニングにより筋肉から分泌される「インスリン様成長因子」(IGF-1)です。

成長ホルモンによる筋肥大効果は昔よりは重要視されていない

 前回は、筋肥大にダイレクトに関わると思われてきた成長ホルモンが、最近の研究ではあまり重要だと考えられなくなってきていると書きました。

 たまたま筋肉が太くなるような刺激が加わったときに、一種のパラレリズム(並行現象)として成長ホルモンの分泌が上がるため、そこに因果関係があるという考えが支配的になっていたのだと思います。1980年代後半から2000年代前半くらいまでは半ば常識として考えられていましたが、今となっては“過去の知識”であることを覚えておいたほうがいいでしょう。影響力がゼロということはありませんが、どちらかというとマイナーな効果と思われているのが現状です。

 一方、男性ホルモン(テストステロン)は、かなり重要な役割を担っていることがわかってきています。男性ホルモンの分泌を増やすには、前回で説明した「トレーニングの容量(ボリューム)」を増やし、インターバルを短くすることが有効ですが、ごく最近の研究ではネズミなどの動物に男性ホルモンを長期的に作用させると、さしたる運動をしなくても筋線維が太くなることが判明したと発表されています。この結果を聞くと、男性ホルモンのテストステロンと類似するアナボリックステロイドが、ドーピング物質として効果的であることにも納得が行きます。

瞬間的に強い力を出すトレーニングではなく、容量(ボリューム)の大きなトレーニングを行うことで、IGF-1が筋肉から効果的に分泌される。(c)Dmitriy Shironosov -123rf

インスリン様成長因子(IGF-1)が筋肥大を直接的に促進する

 ホルモンは基本的に全身的なファクターです。成長ホルモンは脳下垂体から、男性ホルモンは精巣から分泌され、全身を巡りながら筋肉に作用するわけです。もし筋肥大におけるホルモンの影響力が強いとすると、片腕のトレー二ングを行うことで、反対側の腕も強くならなければいけません。腕のトレーニングをしたら、脚も太くならなければおかしい、ということになります。しかし、そういうことは起こらないので、やはりホルモンの影響よりも、筋肉を動かすという局所的な仕組みのほうが重要であるということになります。

 そこで注目されているのが、成長ホルモンに似た「インスリン様成長因子」(IGF-1)という物質です。これは肝臓から分泌されますが、トレーニングをすると筋肉からも分泌され、筋肉自身に働きかけたり、筋サテライト細胞(筋線維の再生のために必要な細胞)という幹細胞の増殖を促したりと、局所的に働いて筋肥大に貢献することがわかっています。

 では、筋肉にIGF-1を効果的に分泌させる刺激はどういうものかというと、瞬間的に大きな力を出すタイプのトレーニングではありません。少し長い時間、筋線維が頑張って力を出すということが重要になります。それはやはりトレーニングの容量を増やすということです。

 メカニズムは完全に解明されていませんが、容量の大きなトレーニングを行うと、一過的に成長ホルモンも強く分泌されます。ですから、成長ホルモンのよく出るトレーニングが、筋肉にIGF-1を作らせることと同様の刺激である可能性は高いと思います。成長ホルモンと筋肥大との間に直接的な因果関係があるわけではないので、成長ホルモンを分泌させることが目的になってしまうのは間違った考えですが、成長ホルモンの増加を、質の高いトレーニングができたという目安として捉えることは間違いではないと思います。

 また、最近の研究では、男性ホルモンはIGF-1のように筋肉からも分泌されることがわかっています。そのような筋肉由来の男性ホルモンは、精巣から分泌される循環型の男性ホルモンよりも、筋肥大効果が高いということになります。

「乳酸は疲労の元凶である」は誤り

 循環型ホルモンにまつわる話は、「乳酸疲労物質説」とよく似ています。

 筋肉がオールアウト(※筋肉を限界まで使った状態)に至るようなトレーニングをすると、結果的に血中乳酸濃度が上がります。筋肉周辺の乳酸濃度も局所的に上がります。そういう現象だけを見て、長い間、運動と疲労との間には乳酸が介在していて、乳酸そのものが疲労の直接的な原因であると考えられていました。

 しかし最近では、乳酸は疲労を起こす物質というより、筋肉のエネルギー源としても重要な働きをする二次的な代謝産物であるという見方のほうが強くなってきています。乳酸がたくさん分泌されるタイプの運動は、短い時間で筋肉にたくさんのエネルギー消費を行わせたということになるので、それが強い運動であるという証しにはなります。したがって、血中乳酸濃度が上がったら、それを元に戻すための休息が必要になります。ただ、「乳酸は疲労の元凶である」「運動中に乳酸が出ないようにしたほうがいい」といった考え方は誤りなのです。

 1980年代後半から2000年代前半までは、分泌されるホルモンを頼りに、さまざまなトレーニング処方に関する研究が進んだという歴史的な経緯があります。なかには、その時代の知識を今でも引きずっていて、「成長ホルモンが出るから効果が高い」という考えから脱却していない見方が一部であるのも「乳酸疲労物質説」と同じ状況といえます。これらの考えは、そろそろ改めていく必要があるでしょう

トレーニングをすると筋肉から分泌される
「インスリン様成長因子」(IGF-1)は、
局所的に働いて筋肥大に貢献する。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。
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