日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

有酸素運動で減量した人が“リバウンドしやすい”のは科学的な理由があった!

第32回 カギを握っているのは熱を発生させるタンパク質

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、前回に引き続き、カラダの中で熱を生み出す仕組みを見ていきます。筋肉や脂肪組織が熱を出すのに関わっているのがUCPというタンパク質。近年の研究により、UCPの活性の違いにより「太りやすい体質かどうか」などがわかるようになってきました。

運動をしなくても熱を発生させるタンパク質

有酸素運動をたくさん行って減量した人が、その時点で運動をやめたりすると太りやすくなる危険性が…(©Cathy Yeulet-123rf)
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 褐色脂肪組織や筋肉が熱を出すための仕組みに関わっているタンパク質が、10年ほど前に発見されました。熱に関する研究に大きな影響を与えたそれは、ミトコンドリア脱共役タンパク質(UCP)というものです。

 少し専門的な説明をすると、UCPは細胞内のミトコンドリアの中に存在し、脂肪のエネルギーを分解する反応系とATP(アデノシン3リン酸)を合成するシステムとのつながりをカットしてしまうという特徴があります。すると何が起こるか。脂肪を分解してきたエネルギーが、ATPを作ることなく、熱になって逃げてしまいます。運動をしなくても、身体から熱が発生するのです。前回説明した「非震え熱産生」ですね。

 褐色脂肪の中にあるUCPは、最初に見つかったのでUCP1<ワン>と呼ばれます。UCPの遺伝子には多型(遺伝子を構成しているDNAの個体差)があり、ヒトの場合、UCP1を問題なく作れる人と、作れない人とがいることもわかりました。しかも、作れない人が日本人では約20%もいるのです。UCP1が作れないとどうなるかというと、熱を作る能力が低くなる。つまり、低体温や冷え性といった症状になりやすいわけです。

 また、熱を作れない分だけ全体のエネルギー生産も落ちてくるので、1日当たりの消費カロリーが100kcalほど少なくなります。たかが100kcalと思うかもしれませんが、10日なら1000kcal、365日なら36500kcalになります。36500kcalを体脂肪に換算すると5kgほどに相当します。つまり、同じ食事を1年間続け、同じように活動していた場合、UCP1を作れる人に比べて5kg太ってしまうということになる。ですから、UCP1は体質に関わるタンパク質であるともいえ、UCP1が作れない人は、いわゆる「太りやすい体質」ということになります。

 現在は、肥満外来でUCP1を作れる遺伝子を持っているかどうかを調べてもらえるようです。もし、うまく作れない遺伝子のタイプだとわかった場合は、食生活を見直したり、運動の習慣をつけたりする必要があるかもしれません。

熱産生の主役は筋肉の中にあった

 その後、筋肉にも同じ性質のタンパク質があることがわかりました。これは3番目に見つかったUCPなのでUCP3<スリー>と呼ばれ、やはり筋肉の活動なしで熱を生み出します。

 1グラム当たりの熱の生産量で比較すると、筋肉は褐色脂肪よりも小さくなりますが、筋肉そのものの量が褐色脂肪よりはるかに多いため、全体で見るとよりたくさんの熱を発生させていると推測されます。ということで、UCP3が発見されてから、褐色脂肪よりも筋肉への注目度が高くなってきています。また、UCP3は遅筋線維より速筋線維のほうに多く含まれていることもわかりました。ただ、速筋中の速筋であるタイプIIxにはミトコンドリア自体が少ないので、タイプIIaが非震え熱産生の主役だということになってきたのです。

 遅筋線維にもミトコンドリアは多く含まれていますが、UCP3が少ないので熱の生産は大きくありません。遅筋線維には小さな力発揮を持続的に長時間行わなければならない使命があるので、無駄に熱を出してしまってはエネルギーの浪費になって困るからでしょう。日常生活で重要な役割を果たしている遅筋線維は、エコにつくられているといえるでしょう。

UCPを超える(?)さらなる新発見

 筋力トレーニングをすると、速筋線維の中でタイプIIx→タイプIIaの移行が起こり、タイプIIaの割合が高くなります。そういう状態では熱産生が高くなっているため、じっとしているだけでもエネルギーが消費されやすくなっていると考えられます。

 逆に、長時間にわたる有酸素運動、あるいはマラソンのような持久的なトレーニングをたくさんこなしている人は、UCP3の活性がきわめて低くなることもわかっています。長時間の運動に対応できるように、無駄なエネルギーを消費しない、燃費のいい筋肉をつくっておいたほうが都合がいいからでしょう。

 ということは、有酸素運動をたくさん行って減量した人は、その時点で運動をやめたりすると太りやすくなる危険性があるということ。ですから、特にリバウンドに気を付けたほうがいいということになります。トップレベルのマラソン選手が練習をやめた途端に太ってしまうケースがあるのも、この仕組みが大きく関連しているのだと思われます。

 ここまでのことは、5年くらい前までにわかったことでした。熱産生に関してはUCPを中心として、今後もさまざまな研究が進んでいくだろうと考えられていました。ところが、つい先日(2012年下半期)、さらに影響力の強そうな、全く新しいタンパク質が見つかったのです。

 科学誌『ネイチャー・メディスン』に正式に発表されたばかりなので、まだ専門家でも知らない人が多いかもしれませんが、そのタンパク質―「サルコリピン」こそ、不動の主役になる可能性を秘めているのです。

 次回は、そのことについて説明していきましょう。

日常生活で重要な役割を果たしている遅筋線維は
エコにつくられている。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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『石井直方の筋肉の科学』
B5判、140ページ、1500円+税 発行/ベースボール・マガジン社

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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。