日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

筋力と姿勢の関係

第9回 筋肉のポテンシャルを最大限に発揮する理想的な関節角度

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、「筋力と姿勢の関係」について。本来、 筋力を測る目的を本当に達成するためには、「姿勢には厳格な注意を払わなければいけません」と石井直方教授。なぜならば、姿勢にも影響する体の各関節には、筋肉に最大の力を発揮させるための理想的な角度があるためだといいます。

運動中のパワー、スピードは腱の影響を無視できない

 今回から数回にわたり、筋肉のもつ性質を掘り下げて考えていきます。まずは静的特性、つまり等尺性収縮(筋肉の長さは変わらずに力を出している状態)をしているときの筋肉の特性から始めましょう。

 その前に、説明しておかなければいけないことがあります。

 実際のヒトの動きや運動のなかには、厳密な等尺性収縮はありません。というのも、筋肉の両端は腱につながっています。この腱はヒモのような構造で基本的には伸びないのですが、それでも少しだけ伸びるようにできています。ハンカチをイメージするとわかりやすいでしょう。ハンカチの繊維も伸縮しませんが、縦横に織ってあるので斜めに引っ張ると少し伸びますよね。実は腱を形成するコラーゲンも、ハンカチと同じように斜めに走 っているのです。

スポーツでは全身の筋肉を使った筋力発揮が求められるが、それに伴いさまざまな関節を動かす。それぞれの関節には、筋肉に最大の力を発揮するための理想的な角度があり、それぞれの関節回転力の合算が発揮される力になる。(©TONO BALAGUER/123rf)
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 ということで、スポーツのパフォーマンスや運動中に発揮されるパワー、スピードなどを考える場合、腱の影響というものは無視できません。最近では筋収縮を考える際に「筋腱複合体」という言葉が使われるようになり、筋肉と腱をまとめて特性を考えようという傾向も強くなっています。

 とはいえ、いきなり筋腱複合体の複雑な運動といっても理解するのが大変です。上記を理解していただいた上で、ここでは筋肉そのものの特性に的を絞って考えていきます。

姿勢によって発揮される筋力が変わる

 等尺性収縮をさせて筋肉の力を測る方法は伝統的に行われてきました。例えば、背筋力計や握力計がそうです。これは何kgという数値がすぐに出るので非常にわかりやすい(正確にはニュートンという単位を使います)。学校でもよく使われる計測器ですから、誰でも1度は背筋力や握力を測ったことがあるでしょう。

 しかし残念なことに、たくさんの人の膨大なデータがあるにもかかわらず、必ずしも十分には活用されていません。正しくいえば、有効活用しにくいという現状があります。なぜなら、測定時の条件が統一されていないため、測定した筋力も変動してしまうからです。

 正確な数値を出すために、特に厳密に規定しなければいけないのは、測る際の姿勢です。自由な姿勢で背筋力を測ると、膝の伸展を使ってしまったり、腕やふくらはぎの筋力を動員してしまったりする可能性があります。本当に背筋を使っているのかどうかすら、よくわからない。どこの筋力をどう測っているかということは、計測の現場ではあまり重視されていないでしょう。

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 筋力を測るという目的を本当に達成するためには、姿勢には厳格な注意を払わなければいけません。実際、腰(股関節)の角度に応じて背筋力がどう変わっていくかを調べたデータがありますが(図1)、これを見る限り、かなり大きく変化しているのがわかります。背筋力の測定とは力の方向が異なりますが、これだけでも背筋力の正確な計測が難しいことが示されているといえるでしょう。まして、背筋力を測る動作は複合関節動作であるため(腰椎だけを使うのが理想と考えれば単関節動作といってもいいのかもしれませんが、腰椎そのものが複合関節なので、やはり複合関節動作というのが適切でしょう)、よけいに問題が複雑になってきます。

 膝をしっかり伸ばす、腰椎の角度を厳密に30度に設定するなど、測定の基準を統一すればデータの質もよくなってくると思いますが、現在の測定器ではそれは難しいと思われます。

筋力発揮と関節角度

 肘を屈曲させるという単純な単関節動作で調べてみても、関節角度によって筋力は大きく変わります(図2)。個人差もありますが、110度あたり(完全伸展を180度とする)で肘を屈曲させる力はピークに達し、それより肘を伸ばしても曲げても力が小さくなってくる。筋肉にはこのような性質があるということを理解することが重要です。

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 スポーツでは全身の筋肉を使った筋力発揮が求められます。当然ながら、さまざまな関節を動かすことになります。それぞれの関節には最大の力を発揮するための理想的な角度があり、それぞれの関節回転力の合算として大きな力が出るわけです(もちろんパフォーマンス全体を考えると、単純な合算というわけではないでしょうが)。

筋力発揮能力は関節角度に依存する

 各関節を適切なポジションでフルに機能させる―これを全身で考えると、姿勢が非常に重要になります。力を発揮するための姿勢が適切であれば、それぞれの筋肉がポテンシャルを最大限に発揮できるのです。

 これはスポーツの現場に限らず、日常動作でも同様です。例えば、物を押すといった行為をとってみても、足の開き方、膝の曲げ方、腰の角度、肩や腕の使い方……いくつもの要素が一体となって最終的に発揮される力が決定しています。唯一の解答があるとは断言できませんが、限りなくベストに近い形はあるでしょう。その形に近づくほど、その人は力の出し方がうまいということになります。

 物を押すときの一般的な姿勢は、さまざまな経験や試行錯誤に基づいたものなので、おそらく大きく間違っていることはないでしょう。そして、人類の長い歴史のなかでその姿勢が導き出された背景には、「静的な筋力発揮能力が関節角度に依存する」という基本的なメカニズムがあるのです。

(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。