“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、重たい物を「上げる」「下す」といった正反対の運動を生み出すときの筋肉の仕組みについてご紹介します。実は同じ筋肉を使った運動なのに、働いている筋線維の数が違っているのです。
運動にブレーキをかける機能
「筋肉が筋肉自体の中心方向に向かって能動的に力を発揮すること」。これが筋収縮の定義であることは、連載第5回(『筋肉は1方向にしか縮まない!? 「筋収縮」の仕組み』)で説明しました。それによって物に力を加え、加速度、運動エネルギーを与えることが筋肉の最も基本的な働きです。
一度縮んだ筋肉は、自分の力で元通りに伸びることはできません。したがって、パートナーである拮抗筋や重力の力を借りて伸びるしかない。このことも第5回で述べましたね。
これだけなら仕組みは簡単なのですが、負荷を加速したりエネルギーを与えたりすることだけが、筋肉の働きではありません。もう1つの重要な役割として、「運動にブレーキをかける」というものがあります。
正反対の運動で起こる筋収縮の違い
例えば、ジャンプをイメージしてください。跳び上がるときは主に大腿四頭筋を使っています。しかし、実際の運動は跳び上がって終わりではありません。空中に浮いているところを誰かがすくい上げてくれるわけではなく、重力によって落下して地面に下りるという段階があります。
着地した瞬間というのは、体重の5~10倍といった非常に大きな衝撃力が働きます。「衝突」といえるほどの衝撃です。この力をまともに受け止めると身体が壊れてしまう危険性があるので、ブレーキをかけながら軟着陸しなければいけません。このときに働いているのも筋肉なのです。
着地する際の動きは、跳び上がるときの映像を巻き戻ししたかのように、全く逆になるのが理想的です。正反対の動きで太ももの筋肉を使って元の体勢に戻れば、それが一番自然で、身体に負担のかからない動きということになります。
跳び上がるときと着地するときとでは、同じように力を発揮しているように見えても、実は筋肉の働き方は違います。跳び上がるときは、力を出しながら筋肉が短くなっている。これを短縮性収縮(コンセントリック収縮)といいます。一方、着地時は、力を発揮しながら外力によって筋肉が引き伸ばされている。これを伸張性収縮(エキセントリック収縮)といいます。伸張性収縮は、主に筋肉をブレーキとして働かせる状況と覚えておけばいいでしょう。