日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

スポーツでスピードを高める第1条件とは

第7回 高く跳べるかどうかに体重の「重い」「軽い」は関係ない!?

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は筋肉が生み出す「力」「エネルギー」「パワー」の違いとついてご紹介します。

「力」「エネルギー」「パワー」の違い

 「エネルギー」と「力」という単語は、世間で混同されているケースが多いようです。

 例えば、背筋力計を思いきり引いているとき。顔を真っ赤にしてブルブルと震えていると、いかにもエネルギーを使っていると誤解されがちです。確かに、これは力は出しているけれども、エネルギーを発揮していることとは違います。筋肉が発揮する力学的エネルギーとは、「ある力をどのくらいの距離にわたって作用させたか」ということ。専門用語ではこれを「仕事」と呼びます。

「ジャンプ力は地面を離れる瞬間のスピードが重要な意味をもっている。太った人でも痩せた人でも、地面を離れるスピードが速ければ、それに比例して高く跳べるのです」(石井教授)。(©stefanschurr-123rf)
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 仕事を求める式は「力(F)× 距離(x)」。物を持つ場合も、ただ支えているだけでは仕事にならず、「重さ(W)」× 重力加速度という力を「距離(x)」だけ持ち上げることで初めて、その積であるエネルギーを筋肉は発揮した、あるいは消費したということになります。

 力には、目に見えないものも含まれています。前述の背筋力のように、筋肉が力を出していても物が動かないということがあるわけです。一方、力学的エネルギーを発揮するためには、外から見てもわかる「動き」をしていないといけません。

 この理屈をしっかり踏まえておかないと、筋肉が収縮したり、筋トレを行ったりしたときに、どのようにエネルギーを使うかということを見誤ってしまいます。筋肉が大きな力を出すということと、大きなエネルギーを発揮するということとは、完全な別ものとして考える必要があるのです。

 続いて、「パワー」(力学的パワー)という言葉について説明しましょう。パワーとは自動車のエンジンの馬力と同じで、一定の時間に筋肉が発揮する力学的エネルギーのこと。一瞬で強い力を求められるスポーツにおいては、これが非常に重要です。少し難しくなりますが、パワーは、「力× 動いた距離」を時間微分したもの、つまり時間当たりの距離です。距離を時間微分したもの(時間当たりの距離)は速度ですので、一定の力を発揮している場合には、「力× 速度=パワー」という計算になります。

力と加速度との関係

 では、物を動かすためには何が必要か。筋肉が動かそうとする負荷は、最初は止まっています。すべての運動は速度ゼロからスタートすることになるので、ある一定の速度まで物を動かすときには、どうしても速度を徐々に高めていかなければいけません。ここで登場するのが、「加速度」というものです。

 「力(F)=質量(M)× 加速度(a)」。これはニュートン力学の大原則といえる式で、おそらく中学校で習うものだと思います。質量Mが変わらないものとすると、「加速度×時間=速度」なので、加速度aが大きければ大きいほど、ある一定の時間に物体に対して大きな速度を与えられるということになります。

 ということは、大きな速度が必要なスポーツのパフォーマンスにおいては、大きな加速度が本質的に大事ということになります。

「例えば、ボールを投げる場合、ボールが持つ質量に対してどれだけ大きな加速度を与えられるか、が重要な問題です」(石井教授)。(©Dave Broberg-123rf)
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 例えばボールを投げる場合、ボールが持つ質量に対してどれだけ大きな加速度を与えられるか、が重要な問題です。しかも、野球などの場合は投げる動作の範囲も制限されているため、数メートル走ってから投げるというわけにはいかず、限られた動作のなかで加速をつけなければいけません。また、ある限られた時間のなかで加速をしなければいけないスポーツもたくさんあるでしょう。

 0コンマ何秒という一瞬の間に大きな加速度をかけるためには、大きな加速度を与えられるだけの筋肉の能力が要求されます。そして、「力=質量×加速度」という式から考えると、ある一定の質量に対して大きな加速度を与えるためには、加速度に比例した力が必要ということになります。

スピードを生み出すのは力

 スポーツの現場では、力とスピードとは無関係といわれていた時代もありました。筋力を鍛えることで力を大きくしても、スピードはつかないと考えられていたのです。今でもそれに近い思想を抱いている指導者がいるかもしれません。

 しかし、ここまで述べてきたように、力とスピードが無関係というのは物理学的に正しくない表現です。筋肉が与える力と物体の速度とには厳密な関係があり、スピードを出すための第1の要素は力なのです。パフォーマンスを高めたいなら、これは頭に入れておくべきでしょう。

 背筋力の数値を競う、という競技はありません。どんなスポーツでも、動きながら高いパフォーマンスを発揮することが求められます。ですから、最終的には動作のスピードが問題になってくるのです。

 速く動ける選手は高い能力を発揮しやすいといえますし、ジャンプ力も地面を離れる瞬間のスピードが重要な意味をもっています。高く跳ぶために体重を軽くするという考えもあるかもしれませんが、実は単純に高く跳べるかどうかを決定するのは離地速度です。体重はあまり関係なく、太った人でも痩せた人でも、地面を離れるスピードが速ければ、それに比 例して高く跳べるのです。

 現場の指導者、アスリートの人たちは、この基本的な理論をしっかりと認識しておきましょう。

(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。