日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

年をとると筋肉のタイプはどう変わる?

第28回 加齢とともに速筋線維が減る、その逆はない

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、ヒトの筋肉のタイプが加齢とともにどう変わるかを見ていきます。加齢とともに減少するのは「速筋線維」。つまり、素早い力を発揮する能力が落ちてくるのです。それはなぜなのでしょうか。防ぐ手立てはあるのでしょうか。

筋線維は神経の影響を受けて変化する

ヒトの筋肉は、加齢により筋肉のタイプが変わります。素早い力を発揮する「速筋線維」が減っていきます(©PaylessImages-123rf)
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 前回は、トレーニングによって筋線維のタイプがどうシフトするか、ということをお話ししました。引き続き、今回は“加齢”による筋線維のシフトについて説明していきたいと思います。

 そもそも速筋線維や遅筋線維の割合は、胎児の段階で遺伝子的に決まっていることがわかっています。筋芽細胞という筋線維の元になる細胞があり、それが既にタイプI、タイプIIa、タイプIIxに分かれています。I型の筋芽細胞を培養するとI型の筋線維に、II型の筋線維を培養するとII型の筋線維になるのです。

 ただ最近の研究では、II型の筋芽細胞を培養する際、I型の筋線維につながっている神経細胞を一緒に入れてやると、II型ではなくI型の筋線維になることがわかってきました。どういうタイプになるかは生まれたときに決まっているのですが、そこにつながる神経が違うと、最終的には神経の指令に従ってしまうのです。生まれたときは日本人でも、親がアメリカ人だったらアメリカ人になってしまう。そのくらい神経の影響は即時的で、なおかつ強いということがわかってきました。

運動神経が死滅すると筋線維は新たな“親”を探す

 ヒトの場合、筋肉は加齢とともに萎縮します。45歳を過ぎると、太ももの筋肉などは目立って減っていきます。

 具体的には、個々の筋線維が細くなりながら、筋線維の数も目減りします。また、I型とII型の比率でいうと、II型、つまり速筋線維の割合が減っていきます。つまり、単に筋肉が細くなるだけではなく、II型に要求されるような素早い力発揮の能力が落ちてくるのです。

 では、II型が減ってI型が増えるという、タイプを超えた筋線維組成の変化がなぜ起こるのでしょうか? 普通では起こらないといわれていたものが、なぜ加齢するだけで起こってしまうのでしょうか?

 今のところ、はっきりとした結論は出ていませんが、推測はできています。私の研究室でも高齢のマウスを使って実験を行っているところですが、加齢によって筋線維の数が減るという現象は、どうも神経が引き金になっているらしいのです。

 筋肉は運動神経(α運動ニューロン)に支配されています。この運動神経は、年をとるに従って1つ、また1つと脱落して死んでいくらしいのです。多ければ1000本以上、少なくとも100本程度の筋線維を支配している神経が死んでしまうと、支配下にあった筋線維に指令が届かなくなってしまいます。これは、親がいなくなってしまったような状態といえるでしょう。

 そこで筋線維はどうするか。新しい親を探します。筋線維全体が神経の接合部のような様相を呈し、いつでもどこででも神経とつながれる状態になります(普段はほかの神経とつながらないようにプロテクトされています)。すると、ほかの神経線維が枝分かれしてきて、親を失った筋線維にくっつき、新たな支配関係が生まれるのです(そこでまたプロテクトがかかり、ほかの神経とはつながらなくなります)。

 仮にII型の運動神経が死滅して、そこに新たにI型の運動神経がつながったとすると、その筋線維はI型になってしまいます。そこでタイプの移行が起こるのです。

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 そのようにしてII型からの移行が増えていくことで、次第にI型の割合が増えていくと考えられます。これが真実だと証明されれば、今後はアンチエイジングの観点で新たな研究が進むかもしれません。

加齢に伴って減っていく筋線維はII型

 死滅するのはI型もII型も同じではないか、という疑問が出てきそうですが、確率的にはII型の運動神経のほうが先に死滅するようです。II型を支配している神経細胞のほうがサイズが大きいため、それを維持するにはより多くのエネルギーが必要になるからです。I型の運動神経は指令を送る回数は多いのですが、サイズは小さいため、長もちするわけです。

 II型はサイズも大きく、支配している筋線維の数も多いので、脱落による筋肉への影響も大きくなります。II型を大企業に、I型を中小企業に例えるとわかりやすいでしょう。大企業が倒産すると世の中に与える影響は甚大です。ただ、それによって投げ出された社員がみんな路頭に迷ってしまうわけではなく、なかには中小企業に再雇用してもらい、会社の規模は小さくなってしまいますが、なんとか生き延びていける場合もあるわけです。

 ヒトの場合、加齢とともにII型が減り、I型が増える。その逆はないというのが定説です。同じ人間の同じ場所から筋線維を採取し、20代→30代→40代→50代→60代と年齢を追いながら調べた研究はまだないので、この説が完璧に正しいとはいえませんが、先に述べたサイズの問題からも、I型が減ってII型が増えるケースはなさそうだと考えられます。

 では、II型の筋線維が減ってしまう現象を、筋トレによって改善させることはできるのでしょうか。それはこれからの研究課題ですが、II型の場合、酷使しすぎて死んでしまうというより、あまりに使われないので不要という判断を下され、アポトーシス(自殺)の反応が起こると考えたほうが自然です。したがって、II型の筋線維を頻繁に使うようにすることが、寿命を延ばす1つの手段である可能性は高いと予想できます。

ヒトの場合、
加齢とともにII型が減りI型が増える。
その逆はないというのが定説。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。