アナボリックステロイドに関する新たな研究データ
また、ホルモンに関しては、ここ10年ほどで研究者の考え方が変わりつつあり、以前ほどは重視されていないように思われます。
アナボリックステロイドなどの男性ホルモンについても、かつてはトレーニングをすることで男性ホルモンの受容体が増え、そこにアナボリックステロイドが打ち込まれれば筋肉が太くなると考えられていました。しかし、今は男性ホルモンによって「転写」(第47回参照)を活性化させた上で、トレーニングをしっかりすることで「翻訳」(第47回参照)をフル稼働させるという2段階ではないか、という見方が強くなっています。
アナボリックステロイドにまつわる研究では、最近、生理学の学術誌『ジャーナル・オブ・フィジオロジー』に公開されたばかりの興味深いデータがあります。
それは、アナボリックステロイドを多量に使うと、筋線維の中の核の数が増え、しかも、その状態はステロイドをやめて筋肉が委縮した後もしばらく続くというものです。
ネズミの実験で確かめられたこの結果は、「筋肉に記憶力がある」(マッスルメモリー)という説を裏づけるものといえます。つまり、ステロイドをやめた後も、筋肉はトレーニングの刺激に反応しやすい状態になっていて、再びトレーニングを開始したときには以前よりも肥大しやすくなっているのです。
核が増えた状態は、ネズミとヒトの寿命から換算すると、ヒトでは10年ほども続く可能性があるとされています。10年前にステロイドをやめ、ドーピング検査では"シロ"と判断された選手でも、実際には10年前のステロイドの恩恵を受けているかもしれないわけです。ということで、一度ステロイドを使った選手は10年間出場停止にしないと不公平である、そうしないとドーピングは根絶されないのではないか、という意見も出てきています。
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- 悪用が懸念される遺伝子ドーピング