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“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

マラソン向きの筋肉は、生まれつきか?

第26回 トレーニングで筋肉のタイプが変わる可能性もある

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。連載ではこれまで、遅筋線維(タイプI)や速筋線維(タイプII)など、筋肉の種類の違いについて見てきました。マラソンなど持久能力が必要な人は遅筋線維が多く、短距離選手などは速筋線維が多くなる傾向があります。それは生まれつきなのでしょうか。それとも、トレーニングによって、筋肉のタイプが変わる可能性はあるのでしょうか。

I型とII型との間には越えられない溝がある!?

 筋線維のタイプを決定づける主要因は、ミオシンという筋収縮に直接関わるタンパク質であるということを、第24回で述べました。

 タイプI(遅筋線維)はI型のミオシンで、タイプII(速筋線維)はII型のミオシンでできています。ほとんど同じタンパク質なのですが、設計図になっている遺伝子が違います。

マラソンなどの競技選手は遅筋線維が多く、短距離選手などは速筋線維が多いという報告があります。それは生まれつきなのでしょうか(©Rui Santos-123rf)
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 筋肉の収縮力は、ミオシンが機能することで起こります(正確にはミオシンとアクチンというタンパク質の相互作用で起こります。アクチンについては別の回で説明します)。I型のミオシンは力を出すための反応速度が遅く、II型のミオシンはI型の2~3倍ほど反応速度が速いのが特徴です。同じ時間内にI型のミオシンが1回力を出せるとしたら、II型は2~3回力を発揮できる。また、II型のなかでもIIa型のミオシンよりもIIx型のミオシンのほうが少し速い。このタンパク質の反応速度の違いが、筋肉の収縮速度の違いに反映されているわけです。

 実際にはタイプIIaと大きくくくっていても、そのなかには少しだけIIxが含まれていたりするので、混じり気なしの完璧な筋線維タイプはおそらくありません。そして、第24回でも述べたように、トレーニングなどによる筋線維の使われ方によって、筋線維タイプの移行も起こっています

 ただ、移行が起こるといっても、1つの問題はI型とII型との溝。ヒトを対象にした研究では、遅筋線維と速筋線維との間にはどうしても越えられない溝があるといわれています。例えば、スタミナの必要なトレーニングをすれば、IIxはよりI型に近いIIaにシフトしていきます。しかし、IIaがI型にシフトするかというと、今のところそうはならないとされています。I型とII型とには決定的な差異があり、速筋線維→遅筋線維、遅筋線維→速筋線維という変化はヒトの場合は起こらないというのが定説となっているのです。コミ(Komi)という生理学者が1976年に発表した有名な論文では、「一卵性双生児は全く同じ筋線維組成をしている」という研究結果が報告されています。この論文も、I型とII型との比は遺伝子によって決定していて、運動で大きく変わるものではない、という説を後押ししています。

 いろいろなスポーツでヒトの筋線維組成を調べると、マラソンなどの持久的な能力が必要な競技選手はI型が多く、スプリンターなどはII型が多いという報告があります。長年のトレーニングによってそうなったのか、それとも生まれつきそういう筋線維組成だったから、そういう競技のトップ選手になれたのか。本来はそういう2つの可能性があるわけですが、現在のところ「生まれつき、その競技に向いた筋線維だった」という解釈を覆す研究報告は出てきていません。

動物実験ではI型←→II型のシフトが起こる

 ところが、動物で実験をすると、II型からI型への移行が容易に起こってしまいます。有名な実験としては、ウサギの筋肉に電極を埋め込み、一定の周波数で刺激を与え続けると(クロニック刺激)、1ヵ月ほどで白かった速筋線維が真っ赤な遅筋線維に変わってしまったというものがあります(図)。

図 ウサギの速筋をクロニック刺激した場合に起こる、遅筋線維への経時的タイプ変換
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 動物実験で起こったことは、ヒトでも起こる可能性が高いと考えるのが自然でしょう。ですから、ヒトで筋線維の変化が起こるかどうかという問題も、本当のところは結論が出ていないといえます。2~3ヵ月という範囲では変化しないかもしれませんが、5年、10年というスパンで本格的なトレーニングを続ければ、目に見える変化が起こるかもしれません

 遅筋線維が多いマラソン選手も、必ずしも生まれつきそうだったという保証はなく、長年のトレーニングのたまものである可能性もあります。ですから、自分は生まれつきマラソンが苦手なんだと諦めてはいけない。努力によって、筋線維組成が変わっていく可能性はあるのです

 ただ、遅筋線維を速筋線維にできるかというと、これは現状では難しそうだと考えられています。

それは真の変化といえるか?

 前述のクロニック刺激による実験について、少し補足しておきます。

 筋線維を刺激し続けることでII型がI型に変わったというのは事実なのですが、その筋線維を遅筋線維と断言していいのか? という問題が残っています。というのも、現在のところ、どこまで条件をクリアすれば遅筋線維で、どこまでクリアすれば速筋線維かという決定的な指標はなく、この実験においても正確には「本来II型であったものが、ほとんど完璧にI型の様相を呈している」といういい方しかできません。

 生まれつきII型で、現在もII型であれば、これはある意味、「血統書付きのII型」。しかし、生まれたときはII型だった筋線維がトレーニングによってI型に変化したという場合は、見た目は完璧にI型でも血統書はII型。ということは、筋肉への刺激が途絶えたらII型に戻ってしまうのではないか? と考えられるわけです。

 実際、動物実験では、筋を不活発にするとI型がII型に変わるという結果が出ています。これはII型の筋線維が増えるという解釈もされますが、もしかしたらその筋線維は、生まれ育ちがII型なのかもしれない。この問題は、まだ解明されていません。

遅筋線維が多いマラソン選手も、
必ずしも生まれつきそうだったという保証はなく、
長年のトレーニングのたまものである可能性もある。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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B5判、140ページ、1500円+税 発行/ベースボール・マガジン社

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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。
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