今月からスタートする新連載「やさしい筋肉学」。“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。
身体が「不景気」にならないのは筋肉のおかげ?
筋肉はなんのために存在するのか? 第1に挙げなければいけないのは、身体を動かすエンジンとしての役割です。人間を含む生き物が活動できるのは、筋肉が動くからであり、筋肉が存在しなければ歩くこともできません。
また、身体の中で動いている組織や器官も、筋肉が動かしています。自分自身はじっとしていても、心臓は鼓動し、呼吸が自然に行われ、胃や腸の蠕動運動が調節されているのです。身体の外に現れる運動にせよ、身体の中で起こっている生命維持のための臓器の運動にせよ、すべて筋肉の収縮が原動力になっているわけです。
第2の役割は、重力などに対する姿勢の維持。立っているだけでも筋肉は身体の中で常に力を出し続けています。座っているときも、仰向けに寝ているときも、低いレベルながら緊張を保っていて身体の姿勢を保持している。この状態を、専門用語では「トーヌス」といいます。
トーヌスとは少し違いますが、各関節の周りを取り囲むことによって、関節が正しく動くようにサポートするという役割もあります。これも広い意味での姿勢の維持につながるといえるでしょう。
第3の役割は、熱を作ること。ヒトを含めた恒温動物は、ある一定の熱が身体にないと生きていくことができず、ヒトの場合は常に37℃ほどの体温が保たれるようになっています。しかし、気温は通常37℃よりも低いので、自分自身でエネルギーを使うことによって熱を生み出す必要があります。その熱を生み出すことにおいて、一番貢献しているのが実は筋肉。熱産生の約6割が筋肉で、2割前後が肝臓や腎臓、残りの2割が褐色脂肪とされています。
熱が維持されているということは、いつもエネルギーを消費しているということ。そして、そのための燃料としては糖質や脂質が使われています。もし筋肉によるエネルギー消費のレベルが落ちてくると、糖質や脂質が身体の中に余分に蓄積されるということが起こります。その結果として、メタボリックシンドロームといった生活習慣病に向かっていってしまいます。つまり、栄養素として取り込んだものをエネルギー源として使用する、という体内のプロセスがうまく回り、代謝恒常性が保たれているのは筋肉のおかげともいえます。
経済にたとえると、景気が維持されるためには、国民の消費活動が大事。お金を使って物を買う行為が国全体として円滑になされていると経済は安定します。ところが、お金をどこかにため込んで使わない人が増えてくると、だんだん経済がおかしくなってくる。今の日本の状態はそれだといえるでしょう。ヒトの身体に話を戻すと、エネルギーの消費者は筋肉。これが活発に動かないと、身体は不景気状態になり、場合によっては病気になってしまうということになります。
- 次ページ
- 筋力アップの仕組みは、「地方自治」!?