筋力アップの仕組みは、「中央集権」ではなく「地方自治」
第4の役割は、力学的ストレスから身体を保護すること。例えば、おなかを取り巻いている腹筋や背筋の存在によって、腹腔の中にある内臓は守られています。自動車でいえばボディがしっかりしているから、中の構造が正しく機能できるのです。
5番目に挙げられるのは、内分泌器官としての役割。これはここ5年くらいの研究でわかってきたことなのですが、運動することによって筋肉からある種の物質が分泌され、それが身体のさまざまな組織や器官に影響を及ぼすのではないかと考えられるようになってきています。
ヒトの身体を経済にたとえると、エネルギーの消費者は筋肉。
これが活発に動かないと、身体は不景気状態になり、場合によっては
病気になってしまうということになる。
これまでの運動生理学の定説では、運動をすることで交感神経が活性化され、副腎からアドレナリンというホルモンが分泌される。それが脂肪組織に働いて脂肪の分解を促し、血液中に脂肪酸などが出てくる。それを筋肉が取り込んでエネルギー源とする、というものでした。これは政治にたとえると、地方の要求がそのつど中央政府に伝えられ、そこでの議論を経て指令が下され、巡り巡って地方に反映されるということになり、非常にまどろっこしい。常に中枢の指令が必要ということで、「部分やせは不可能」という理論にもつながっていたわけですが、どうもそうでもないようなのです。
確かに考えてみると、中央政府がすべてを決定する中央集権制で身体を動かしていくとしたら、仮に脳が間違った指令を発すると、身体全体が間違った方向に進んでしまう危険性があります。また、脳が筋トレをしたつもりになったり、夢の中で筋トレをしたりしただけでも、筋肉が太くなるということが起こり得る。しかし実際には、そのようなことは起こらないように人体はできています。筋肉が本当に使われたか、激しい運動をしたかという情報分析が正しく行われることで、初めて筋肉が太く強くなるという仕組みがあるのです。
パフォーマンスという観点から見ても、筋力を強くするためには、筋肉が発達するだけでは不十分。筋肉を動かす脳も改善する必要があるし、筋肉に栄養を供給する消化器系なども、レベルアップが要求されます。そのために、筋肉は自ら「激しく動いている」という情報を発信し、脳だけでなくほかの組織にも状況を伝える役割を担っている。それによって、現在にふさわしい身体をつくり上げていこうとするのではないでしょうか。
具体例としては、脂肪の分解を促す物質を筋肉が分泌することがわかっています。それが脂肪組織に直接的に働く。わざわざ中枢が「脂肪を分解しなさい」という指令を出さなくても、筋肉は動き続けるためのエネルギー源の供給を受けることができるわけです。身体の中では、このような現場対応的なシステムが働いている。これまで考えられていた中央集権ではなく、実は地方自治的な運営がなされているようです。
(構成:本島燈家)
東京大学教授
