日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

「瞬発力」は鍛えることができるか?

第23回 「運動単位の使い方」はトレーニングで変わる

 コーチング・クリニック(ベースボール・マガジン社)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。前回は、筋肉を使う順番――サイズの小さい運動単位から使っていくという「サイズの原理」を紹介しました。このサイズの原理には例外があります。1つは、スタートダッシュのように瞬間的に大きな力を使う場合。もう1つは筋肉をブレーキとして使う「伸張性収縮」をしている場合です。

 前回は、運動単位が使われる順番についてお話ししました。筋力を発揮するときには「サイズの原理」という生理学的メカニズムがあり、基本的に小さな運動単位から順番に使われていく。小さな運動単位は遅筋線維、大きな運動単位は速筋線維からできているので、エネルギーをセーブしながら効率よく運動を行うために理にかなった原理になっている、ということでした。

 ただ、このサイズの原理には例外があります。今回はそれを説明しましょう。

例外1:瞬発的な力を発揮する場合

瞬間的なトレーニングを繰り返すことでレベルアップすることは可能と考えられる(©natursportsl -123rf)
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 例外の1つ目は、瞬間的に大きな力を出す場合です。スタートダッシュで一気に力を発揮するときに、わざわざエネルギー効率の悪い運動単位から使うというのは理にかなっていません。むしろ、出力の大きな運動単位を同時に、あるいは優先的に使ったほうがいい。そういった戦略も、身体の中に組み込まれていると考えるのが自然です。

トレーニングによって運動単位の使い方は変えられる

 瞬発的な力の発揮がうまくできれば、スポーツのパフォーマンス向上にもつながります。実際、訓練を行うことによって、そういった特殊な運動単位の使い方をする能力が備わってくる、ということもわかってきています。

 例えば、サルに次のような瞬発力のトレーニングをさせる実験が行われています。

 動物のなかでは頭がいいといわれているサルでも、自分からトレーニングをしてくれるわけではないので、エサが入った箱に蓋をつけ、その蓋が開いた瞬間に手を出さないとエサが取れない、という仕組みを作ります。しかも、蓋が閉まるスピードは時間の経過とともにどんどん速くなっていきます。そして、あらかじめサルの脳に電極を埋め込んでおき、手を伸ばしてエサを取る動作をする際の脳の変化を調べました。

 その結果は、トレーニング前とトレーニング後とでは、脳の使い方のパターンが全く違うものになったというのです。

 これは脳による筋肉の使い方が変わったからだと考えられます。つまり、スピードが遅いときはエネルギー効率のいい遅筋線維を使っているけれども、スピードが求められる状況になると効率を度外視して速筋線維を動員していく。そういう筋肉の使い方をする能力は、トレーニングを続けることによってレベルアップしていくと考えられます。

 人間の場合も、瞬発的なトレーニングを繰り返すことで、速筋線維を動員しやすい神経の働きができてくるのではないかと予測されます。まだ実証はされていませんが、筋肉そのものを鍛えるだけではなく、筋肉の使い方に関わる仕組みをトレーニングすることもできる。つまり、トレーニングによってサイズの原理を打ち破る可能性もある、ということです。

例外2:伸張性収縮をしている場合

 例外の2つ目は、伸張性収縮をしている場合。連載第15回で、伸張性収縮をしているときは筋肉はより大きな力を発揮できる、ということをお話ししましたが、その理由の1つはサイズの原理の例外が当てはまるからです。

 伸張性収縮をする局面というのは、例えばジャンプをしたあとの着地のように、筋肉をブレーキとして使うケース。運動を止めるというのは、運動を引き起こすときよりも命にとっては大事な局面です。身体が壊れたりケガをしたりしないように、確実にブレーキをかけないといけません。当然、筋肉には普段の生活以上の働きが求められます。

 そのような場合、サイズが小さく、スピードも遅く、力も弱い遅筋線維から悠長に使っているわけにはいきません。サイズが大きく、スピードも速く、力も大きい速筋線維を使ったほうがより安全だということになります。

伸張性収縮の場合は、速筋線維が働く

 そのことをイタリアの研究グループが調べたところ、やはり伸張性筋力発揮をしているときには、速筋線維からできている大きな運動単位が使われることが示されました。このグループの実験手法に対しては異論もあるのですが、我々の研究室の実験でもやはり同じような傾向が見られました。

 そのメカニズムについてはよくわかっていませんが、筋肉が引き伸ばされているという情報が脊髄に送られると、その反射として、遅筋線維ではなく速筋線維が働くような仕組みになっているのだと考えられます。そうすることで、危険から身を守るというプログラムになっているのでしょう。

 この仕組みは、スポーツのパフォーマンスを高めるためのトレーニングにおいても非常に重要になります。例えば速筋線維をうまく働かせ、それを次の動作へのエンジンとして活用することができれば、よりスピードやパワーにあふれた動きをすることが可能になります。そのためには、伸張性収縮のときの筋肉の使い方を利用すればいい。それが、ジャンプやスプリント能力を高めるためによく行われるプライオメトリック・トレーニング(SSCトレーニング)の原理にもつながってくるわけです。

コンセントリック、アイソメトリック、エキセントリックの各収縮と、速筋線維と遅筋線維の動員のされ方
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サイズの原理には例外がある。
瞬発力を発揮する場合と伸張性収縮をしている場合。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。