日経グッデイ

“筋肉博士”石井直方のやさしい筋肉学

高齢者でも適切なトレーニングで筋肉が太くなる

第45回 トレーニング効果の表れ方(後編)

“筋肉博士”石井直方先生(東京大学教授)が、筋肉のメカニズムや機能を毎回わかりやすく解説していきます。今回は、前回に引き続き、筋力トレーニングの効果がどう表れるかを見ていきます。前回、筋トレ“初心者”の記録が伸びるのは中枢神経の抑制などが影響していると説明しましたが、測定技術の進化により、実は最初から太くなる反応が起こっていることもわかってきました。また、最近の研究では、高齢者でも適切なトレーニングをすれば筋肉が太くなることも明らかになっています。

トレーニングを開始すると筋肉はすぐに太くなり始める

最近の研究により、高齢者でも適切なトレーニングさえすれば筋肉が太くなることがわかってきた。(©PaylessImages -123rf)

 トレーニングによる筋力アップの効果は、まず神経系の適応によって数値として表れ、その後、筋肉のサイズが増す。これが今までの常識だったと、前回説明しました。しかし、最近の研究では少し違った見解が生まれてきています。連載第38回でも触れましたが、もう少し詳しく説明していきましょう。

 私たちの研究室で、トレーニング効果を詳細に調べてみました。すると、必ずしも「最初に神経系で、次がサイズ」という図式の通りになるとは限らないことがわかってきました。どういうことかというと、全くの初心者が1回目のトレーニングをした直後から、筋肉が太くなるための反応(タンパク質の合成が上がって分解が下がる)がしっかり起こっているようなのです

 そして2回、3回とトレーニングを繰り返すに従って、その反応は着実に蓄積されていきます。ですから、最初のうちは神経系の適応しか起こらないわけではなく、最初から太くなる反応も起こっている、ということになります。

 MRI(磁気共鳴断層撮影)を使って調べてみると、トレーニング開始から3日後に明らかに太くなっている、ということはさすがにありません。しかし、1~2週間ほど経過すると、微妙に太くなっていることが確認できます。そして太くなる度合いは、徐々に加速していきます。

 筋肉に刺激を与えるとタンパク質の合成が高まりますが、疲労の度合いが強すぎると、逆にタンパク質の分解が上がってしまいます。ですから、あまり筋肉をいじめすぎるのはよくないのですが、トレーニング開始時はどうしても刺激が強くなってしまうので、合成も起こりますが、分解も起こってしまいます。ということもあって、トレーニング初期にいきなり筋肉が太くなることは起こりにくいのかもしれません。

測定技術の進化によりこれまでの常識が覆された

 これまで「最初に神経系で、次がサイズ」といわれてきた理由は、微妙な変化を検出できないという技術的な問題が大きかったと考えられます。超音波や今ほど性能が進化していなかったMRIで測定しても、筋肉が太くなっていることを確認できなかったのです。例えば1%ほど筋肉が太くなっていたとしても、これは機械の誤差のレベルとして認識されていた可能性があります。

 最新のMRIは性能が良く、測定のレベルも上がり、画像もよりシャープなものが得られるようになっています。昔であれば3%くらい断面積が増えないと太くなったといい切れない面がありましたが、今は1%増えただけでも太くなったと結論づけられるような状況になっているのです。トレーニング初期の微妙な変化が捉えられるようになったため、これまでの常識が覆されつつあるわけです。

 誤解のないように付け加えておくと、初期に神経系の要因で筋力が上がることは確かで、それがサイズの増大より先行していることも間違いありません。ただ、これまでいわれてきたように、サイズの増大が1~2カ月も遅れることはないということです。

筋肉が太くなることに年齢的な限界はない

 最後に、年齢によるトレーニング効果の表れ方の違いについて述べておきましょう。

 少し古い研究では、高齢者の場合はトレーニングをして筋力が十分に上がったときでも筋肉は太くならず、主に運動単位の動員能力が上がる、という結果が出てしまいました。そのため、筋肉が太くなるには年齢的な上限があるという結論になり、その後は学習効果などによってしか筋力を高めることはできないと、1980年代まではいわれてきました。それも前述のように、当時の実験の精度で調べるとそうなるということに過ぎなかったのです。また当時は、トレーニングの技術そのものにも未熟なところがありました。

 しかし90年代に入ると、高齢者でも筋肉が太くなったという報告が続々と発表され、サイズの増大に年齢的な限界はないということが新たな定説になっています。高齢者だから神経系だけの要因で筋力が上がるということではなく、若い人と同じように、神経系とサイズの両方の要素が改善していくことがはっきりわかってきているのです。私の研究室でも高齢者に負荷の軽いスロートレーニングを行わせることで、約3カ月で大腿四頭筋が10%太くなることを確かめています。

 ただ、トレーニング後の一過的な筋肉の中の状態は、高齢者と若齢者とでは違いがあるようです。例えば1回のスロートレーニングを行った後、若い人は筋肉の中の循環が落ちてきて、酸素濃度が下がるという状態になります。これが筋肉が太くなる条件の1つなのですが、高齢者でも同じような状態になるかというと、若い人ほど低酸素にはなりませんでした。同じように筋肉は太くなるのに、筋肉の中の状態に違いがあるというのは不思議です。

 この違いについてはもう少し詳しく調べてみる必要がありますが、適切なトレーニングさえすれば高齢者でも筋肉が太くなるという事実は、これから本格的なトレーニングを始めようとしている人にとって希望のもてる事実だと思います。

全くの初心者が
1回目のトレーニングをした直後から、
筋肉が太くなるための反応はしっかり起こっている。


(構成:本島燈家)

石井直方(いしい なおかた)さん
東京大学教授
石井直方さん 1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学教授(運動生理学、トレーニング科学)。理学博士。力学的環境に対する骨格筋の適応のメカニズム、及びその応用としてのレジスタンストレーニングの方法論、健康や老化防止などについて研究している。日本随一の筋肉博士としてテレビ番組や雑誌でも活躍。著書は『筋肉まるわかり大事典』『トレーニング・メソッド』(ともに小社刊)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など多数。
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この記事は、ベースボール・マガジン社「コーチング・クリニック」からの転載です。