測定技術の進化によりこれまでの常識が覆された
これまで「最初に神経系で、次がサイズ」といわれてきた理由は、微妙な変化を検出できないという技術的な問題が大きかったと考えられます。超音波や今ほど性能が進化していなかったMRIで測定しても、筋肉が太くなっていることを確認できなかったのです。例えば1%ほど筋肉が太くなっていたとしても、これは機械の誤差のレベルとして認識されていた可能性があります。
最新のMRIは性能が良く、測定のレベルも上がり、画像もよりシャープなものが得られるようになっています。昔であれば3%くらい断面積が増えないと太くなったといい切れない面がありましたが、今は1%増えただけでも太くなったと結論づけられるような状況になっているのです。トレーニング初期の微妙な変化が捉えられるようになったため、これまでの常識が覆されつつあるわけです。
誤解のないように付け加えておくと、初期に神経系の要因で筋力が上がることは確かで、それがサイズの増大より先行していることも間違いありません。ただ、これまでいわれてきたように、サイズの増大が1~2カ月も遅れることはないということです。
筋肉が太くなることに年齢的な限界はない
最後に、年齢によるトレーニング効果の表れ方の違いについて述べておきましょう。
少し古い研究では、高齢者の場合はトレーニングをして筋力が十分に上がったときでも筋肉は太くならず、主に運動単位の動員能力が上がる、という結果が出てしまいました。そのため、筋肉が太くなるには年齢的な上限があるという結論になり、その後は学習効果などによってしか筋力を高めることはできないと、1980年代まではいわれてきました。それも前述のように、当時の実験の精度で調べるとそうなるということに過ぎなかったのです。また当時は、トレーニングの技術そのものにも未熟なところがありました。
しかし90年代に入ると、高齢者でも筋肉が太くなったという報告が続々と発表され、サイズの増大に年齢的な限界はないということが新たな定説になっています。高齢者だから神経系だけの要因で筋力が上がるということではなく、若い人と同じように、神経系とサイズの両方の要素が改善していくことがはっきりわかってきているのです。私の研究室でも高齢者に負荷の軽いスロートレーニングを行わせることで、約3カ月で大腿四頭筋が10%太くなることを確かめています。
ただ、トレーニング後の一過的な筋肉の中の状態は、高齢者と若齢者とでは違いがあるようです。例えば1回のスロートレーニングを行った後、若い人は筋肉の中の循環が落ちてきて、酸素濃度が下がるという状態になります。これが筋肉が太くなる条件の1つなのですが、高齢者でも同じような状態になるかというと、若い人ほど低酸素にはなりませんでした。同じように筋肉は太くなるのに、筋肉の中の状態に違いがあるというのは不思議です。
この違いについてはもう少し詳しく調べてみる必要がありますが、適切なトレーニングさえすれば高齢者でも筋肉が太くなるという事実は、これから本格的なトレーニングを始めようとしている人にとって希望のもてる事実だと思います。
全くの初心者が
1回目のトレーニングをした直後から、
筋肉が太くなるための反応はしっかり起こっている。
(構成:本島燈家)
東京大学教授

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