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医療問題なぜなにゼミナール

第13回 患者が知っておきたい「医療事故調査制度」

報告対象は「予期せぬ死亡」、報告するか否かは医療機関の判断

 山口育子=NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長

誰もがいつかはお世話になる「医療」。ですが、自分や家族が病気になるまで、医療については特に関心がないという人も多いのではないでしょうか。医師との付き合い方や医療制度の動向まで、いざという時にあわてず、安心して治療を受けるために必要な知識をNPO法人ささえあい医療人権センターCOML(コムル)理事長の山口育子さんが伝授します。

 医療事故調査制度が10月に始まりました。準備段階でさまざまな動きがあったことは、以前にもこのコラム(参照記事:「第6回 10月スタート「医療事故調査制度」への不安」)でお伝えしました。今回は、実際に制度がスタートした今、患者・市民として、知っておきたいことをまとめてみました。

報告の対象となるのは予期せぬ死亡・死産

 この制度では、医療機関(病院や診療所)で、医療に起因した(あるいはその疑いがある)死亡・死産が起こり、それを管理者が予期できなかった場合に、第三者機関に報告することが義務づけられました。第三者機関とは、医学会などが参加して新たに作られた一般社団法人医療安全調査機構の中に設けられた「医療事故調査・支援センター」です。

 報告の対象となるかどうかを判断し、報告をするのは医療機関の管理者です。遺族の側から、「家族が病院で亡くなったので第三者機関に報告したい」と申し出ることはできず、あくまで医療機関の自主性に委ねられています。もちろん、報告にあたっては、医療機関から遺族に対して説明がありますし、医療機関側が判断に迷うケースも少なくないでしょうから、実際には医療事故調査・支援センターや支援団体と相談しながら判断していくことになると思われます。

 逆に、報告の対象とならないのは、

  • 医療行為を行う前に、患者側に死亡する可能性があることを説明していた
  • 医療行為を行う前に、患者が死亡する可能性があることをカルテなどに記載していた
  • (救急で運ばれてきて、家族の到着を待たずに治療が行われて死亡したときなど)治療を行った医療者に状況を聴き取ったり、医療機関の安全調査委員会で諮ったりした結果、治療する前に患者が死亡することを予期していた
  • 過去に何度も行われてきた検査や治療であり、死亡が予期されることを患者側に何度も繰り返して説明することが現実的ではない

―といった場合です(医療法施行規則第1条の10の2)。ただし、「どんな治療でも必ず危険は伴う」「年齢的に何が起こるかわからない」という漠然な説明は、報告対象外には該当しないとされています。そのため、制度開始当初は、報告の対象になるかどうか、医療機関によって判断が異なることが予想されます

医療事故調査制度の流れ(出典:厚生労働省ホームページ)
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医療機関はまず院内事故調査を実施

 医療機関は、医療事故調査・支援センターに死亡・死産を報告した後、速やかに院内事故調査をすることになっています。院内事故調査は、必要に応じて支援団体の協力を得ながら、原則的に第三者委員を入れて行われます。ここで言う支援団体とは、各地の医師会や医療関係団体、医療機関など、厚生労働省の指定を受けた団体を指します。これは、診療所や小さな医療機関など、これまで院内事故調査の経験がなかったところでも、スムースに調査を行うためです。

 医療機関は、院内事故調査の結果を、遺族および医療事故調査・支援センターに報告します。この際、医療事故調査・支援センターには報告書が書面で提出されますが、「口頭(説明内容をカルテに記載)又は書面(報告書又は説明用の資料)もしくはその双方の適切な方法」で「調査の目的・結果について、遺族が希望する方法で説明するよう努めなければならない」となっています。

 すなわち、遺族への説明は、「~しなければならない」(義務)ではなく、「~努めなければならない」(努力)なのです。

 この点については、制度設計の検討の段階でも議論が紛糾し、一部の医療関係者や弁護士が報告書の作成や遺族への公開に対して、「刑事訴追や民事事件の証拠に使われる」と強く反対したという経緯があります。ただ、私は、どの医療機関でも報告書を遺族に渡すことが当たり前になってほしいと願っています(参照記事:「第6回 10月スタート「医療事故調査制度」への不安」)。実際、制度が始まる前、日本病院会(病院団体の一つ)が会員医療機関に行ったアンケートでは、約4分の3の医療機関が、院内事故調査の報告書を遺族に渡すと回答しています。

報告書を手渡した方が訴訟は減るのでは?

 通常の診療の場面でも、病気や治療法の説明が専門的すぎて、聞いただけでは分からないという患者が少なくありません。死亡した場合の調査となると、さらに専門性が高まる可能性があります。そのような難しい内容を口頭の説明だけで理解せよというのは、あまりにも酷です。

予期せぬ事故死として報告するか否かは、医療機関の判断にゆだねられている。(Dmitry Kalinovsky/123RF.com)

 むしろ、口頭による説明だけだと、誤った解釈が独り歩きすることもあるでしょうし、「センターには報告書を出すのになぜ遺族には見せられないのか」「何か隠しているのではないか」と不信感に発展するおそれもあります。

 私は、不幸にして予期せぬ死亡が起きた場合は、院内事故調査で遺族から疑問や知りたいことを聴き出し、そのことへの回答も報告書に盛り込むことが大切だと思っています。報告書は遺族に手渡し、丁寧かつ分かりやすく解説すること。さらには、いったん報告書を持ち帰った遺族が落ち着いて読み直したり、家族で話し合ったりした結果、再度質問が出てきたときにはそれに答えてほしいと思います。

 そうすれば医療機関の誠実さが遺族に伝わると同時に、遺族の理解も深まります。透明性を確保することが医療界への信頼へと繋がり、訴訟に発展することはむしろ減るのではないでしょうか。

遺族は第三者機関に調査を依頼できる

 このように、医療事故調査制度では、医療機関が自主的に報告、調査を行うことが前提となっています。

 ですが、遺族が“蚊帳の外”に置かれたわけではありません。医療事故調査・支援センターに死亡が報告されている場合、院内事故調査の途中や終了後に、遺族は同センターに対して第三者調査を依頼することができます。同様に、医療機関も、院内事故調査の結果を遺族に報告したけれども納得してもらえなかった場合などに、同センターに調査を依頼できます。調査を依頼する際にかかる費用は、医療機関10万円、遺族2万円です。

 気を付けておきたいのは、調査が行われても、原因が必ず判明するとは限らないということです。医療には不確実性と限界があることは避けられませんので、白黒はっきりすることの方がむしろ少ないでしょう。

医療事故調査は医療者の責任の追及や処罰が目的ではない

 日本人の心情として、遺体の解剖に抵抗を持つ方が多いのですが、死亡原因の究明には解剖の持つ役割は非常に大きいです。

 時折COMLに届く相談で「亡くなってまで切り刻むことに抵抗があって解剖は拒否したけれど、死因をはっきりさせたい」と言ってこられる方がいます。しかし、荼毘に付した後では遅いのです。私は、この制度が始まるまで全国11カ所で行われたモデル事業にかかわっていたのですが、解剖して調べることによって、意外な死因が判明することを目の当たりにしてきました(もちろん、解剖しても死因がわからないこともありますが…)。それだけに、死因の究明を望むなら、解剖に承諾することはかなり大きな意味を持つと思っています。

 最近は、死亡時画像診断(Ai)といって、死後に撮影したCTやMRIなどの画像を死因究明に役立てる方法もあります(小説やドラマなどで取り上げられたため、知っている人も多いでしょう)。ただし、Aiは万能ではなく、病状によってはわからないことがあると理解しておくことも大切です。

 医療事故調査の目的は、事故の原因究明及び再発防止であり、それによって医療の安全と質の向上を図ることにあります。“医療事故”と言うと、誰かがミスを犯したと考えがちですが、必ずしもそうではないのです。医療者の責任の追及や処罰が目的ではないということを、患者・市民としても理解することも必要だと思います。

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山口育子(やまぐち いくこ)
NPO法人ささえあい医療人権センターCOML(コムル)理事長
山口育子(やまぐち いくこ) 大阪市生まれ。自らの患者体験から、患者の自立と主体的医療の必要性を痛感していた1991年11月、COMLと出会う。「私たち一人ひとりが『いのちの主人公』『からだの責任者』。そんな自覚を持った『賢い患者になりましょう』をキャッチフレーズとした活動趣旨に共感し、1992年2月にCOMLのスタッフとして参加。創設者の辻本好子氏の死去により、理事長に就任。COMLでは、電話相談や各種セミナーなどを積極的に実施。このほか、厚生労働省をはじめとした各種検討会の委員としても幅広く活動している。