日経グッデイ

医療問題なぜなにゼミナール

第7回 「臨床研究」の新指針に期待すること

ディオバン問題への反省を生かすには

 山口育子=NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長

誰もがいつかはお世話になる「医療」。ですが、自分や家族が病気になるまで、医療については特に関心がないという人も多いのではないでしょうか。医師との付き合い方や医療制度の動向まで、いざという時にあわてず、安心して治療を受けるために必要な知識をNPO法人ささえあい医療人権センターCOML(コムル)理事長の山口育子さんが伝授します。

 読者の皆さんは、「治験」や「臨床研究」「臨床試験」という言葉を聞かれたことはありますか。そして、それらの違いについてご存知ですか?

 治験とは、国から承認を得ることを目的に、新たな医薬品や医療機器を開発する際におこなわれる試験のことです。多くの場合、その医薬品や医療機器を開発している企業が実施します。人に使用される医薬品や医療機器を世に出していいかどうかを問うだけに、法(*1)や省令(*2)の縛りの下、厳しいチェックを受けなければなりません。

*1 医薬品医療機器法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律<2014年11月25日試行>旧薬事法)
*2 GCP(Good Clinical Practice「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」)

 一方、通常の診療を越えて、研究目的で行われる医療行為(検査、薬の投与、処置など、介入と総称される)は臨床試験と呼ばれます。介入はせず追跡や観察を行う研究も含めると、広く臨床研究と呼ばれます。

 臨床研究は、年間延べ5500件も行われているとされますが、法による規制はこれまでありませんでした。被験者へのインフォームド・コンセントや研究者の責務、倫理審査委員会(臨床研究の実施・継続などに関して倫理的・科学的観点から審議する機関。外部委員を含む必要がある)のあり方などを定めた「臨床研究に関する倫理指針」に基づいて実施され、指針に違反しても罰則はなかったのです。

ディオバン問題を機に法整備の議論始まる

 ところが、近年、臨床研究にまつわるさまざまな不正事件が発生しました。特に、2013年に発覚した高血圧の薬(ディオバン)の問題は、不正にかかわったとされる製薬会社の元社員が逮捕、起訴される事態に至りました。

 この問題は、ディオバンという薬の市販後大規模臨床研究を複数の大学病院が別々に行い、製造元である製薬会社の社員(当時)が研究に深くかかわって、データ操作をした疑いが持たれています。さらに、データ操作した結果を広告に使ったため、ドクターの処方にも影響を及ぼした可能性があることも問題視されています。

 この元社員が逮捕される前の2013年8月、厚生労働省では「高血圧症治療薬の臨床研究事案に関する検討委員会」を設置し、関係者のヒアリングを通して調査を行いました。その結果、臨床研究の信頼回復と質の確保、被験者保護、製薬企業の資金提供にあたっての透明性の確保の必要性から、2014年秋を目途に「法制度の必要性を検討する必要がある」という結論に至りました。

 そこで、2014年4月「臨床研究の制度の在り方に関する検討会」が設置され、9回にわたって議論を重ね、同年11月に取りまとめた報告書が公表されました。私も11名の委員の一人として、被験者の立場から議論に加わりました。一連の不正事件を受けて、2015年4月から「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」が適用されますが、この検討会では、倫理指針よりさらに厳しい法規制が必要かどうかを話し合ったのです。

倫理指針だけでは不十分

 少し硬い話になりますが、報告書の内容を解説します。

 検討会では、臨床研究に携わるさまざまな領域の研究者からヒアリングを重ね、欧米の臨床研究を調査してきた研究班の報告も聞いて検討と議論を重ねました。その結果、やはり倫理指針だけでは十分とは言えない、しかし過度な法規制は研究の萎縮につながるとして「一定範囲の臨床研究について法規制が必要」という結論に至りました。

問題となった臨床研究において、倫理審査委員会は、十分な機能を果たせなかった。(Artit Fongfung -123RF)

 この“一定範囲”とは、「未承認または適応外の医薬品や医療機器を用いた臨床研究をおこなう場合」、さらには「広告に用いられることが想定される臨床研究」となりました。今後、この報告を受けて、具体的な法案の提出がなされる予定です。

 規制や対策が必要とされたことのうち、特に議論を繰り返したのが「倫理審査委員会」についてです。検討会の発端となったディオバン事件を振り返ったとき、倫理審査委員会は何の歯止めにもなっていませんでした。

 一方、今後も学問の自由を尊重し、研究の信頼性を確保するためにますます重要になるのが倫理審査委員会の役割です。そのため、研究の倫理的妥当性だけでなく、科学的妥当性も十分審査できる能力を倫理審査委員会が持てるようにしていかないとならないとの結論になりました。

研究途中のチェックも必要

 ただ、全国の倫理審査委員会は指針に基づいて登録されているだけでも1300もあり、能力や体制、質の確保ができている状況ではありません。日本の場合、倫理審査委員会は医療機関や研究機関ごとに設置されていることが多いのですが、ヨーロッパでは地域ごとに設置され、定期的に審議事項の試験のようなことも行って、質の担保を図っているそうです。そこで今後は、地域や専門領域に応じた集約化をしていく方向性が必要という話になり、研究の開始時の審査だけでなく、途中段階のチェック機能を持つことも大事だというまとめになりました。

 治験では、計画通りに試験が実施されているかを途中段階でチェックする「モニタリング」や、終了後に試験内容を審査する「監査」がおこなわれます。これはかなり厳しく、莫大な費用もかかるそうです。そのため、臨床研究に同じようなモニタリングや監査を求めると、研究そのものが萎縮するという懸念が出されました。その結果、治験より柔軟に研究責任者が方法や頻度を検討するモニタリング、必要に応じた監査をおこなうようにしてはどうかという結論になりました。

まずは行政指導や改善命令で是正を促す

 そして、予期せぬ有害事象が生じたときは、速やかに倫理審査委員会に報告して、研究を継続するかどうかを検討すること。研究機関は不適正な問題が起きていないか情報の収集をすることに努めて、そのための窓口を設けること。問題が生じれば、きちんと調査し、迅速な対応をすることを求めることにもなりました。

 ディオバン事件では、厚生労働省にも調査権限がなかったため、ヒアリングを行うにしても、あくまで任意で求めることしかできませんでした。そのため、一定の法規制をかけるにあたっては、行政当局は関係者に対して調査し、必要な措置を講じる権限を確保すべきという内容も盛り込まれました。ただ、仮に義務違反が起きたとしても、すぐに直罰を下すのではなく、まずは行政指導や改善命令によって是正を促し、それでも改善が図られなければペナルティを適用するということになりました。

倫理審査委員会に多くの人がかかわってほしい

 ディオバン事件では、製薬企業の社員が研究に直接介入していたことが大きな問題の一つでした。その一方で、日本で研究を推進するためには、産学連携は不可欠です。そのため、製薬・医療機器の業界は行動指針を策定し、労務提供のきちんとした線引きを行うこととし、まずは業界内の自律的な改善を見定める方向になりました。

 そのためにも、利益相反を適切に管理し、公表する重要性が謳われました。利益相反とは、利害関係が想定されるかかわりのある状態のことです。「利害関係がある」と聞くと、裏取り引きや利益追従といったマイナスイメージが伴いがちです。しかし、利益相反はあって当然で、むしろ積極的に公表して線引きを明確にすることのほうが大切だということなのです。

 ほかにも、臨床研究に欠かせないとされる「生物統計家」をはじめとする専門家の養成や、一般の立場で倫理審査委員を務める人の学びの場が必要ということも、報告書では指摘されました。私自身もいくつかの倫理審査委員を務めているなかで、最低限の知識や審査の視点・ポイントを学ぶ必要性は痛感しています。

 今後、ますます非専門家の外部委員として一般の立場の人の参加が必要とされてきます。欧州の国の中には、倫理審査委員会に委員として参加することが、社会貢献の一つとしてステータスになっていることもあるそうです。日本でも多くの方がこのような問題にも関心を持ち、進んで倫理審査委員会に参加するような時代が来てほしいと思っています。

【関連連載】
COML患者相談室
COML患者塾

山口育子(やまぐち いくこ)
NPO法人ささえあい医療人権センターCOML(コムル)理事長
山口育子(やまぐち いくこ) 大阪市生まれ。自らの患者体験から、患者の自立と主体的医療の必要性を痛感していた1991年11月、COMLと出会う。「私たち一人ひとりが『いのちの主人公』『からだの責任者』。そんな自覚を持った『賢い患者になりましょう』をキャッチフレーズとした活動趣旨に共感し、1992年2月にCOMLのスタッフとして参加。創設者の辻本好子氏の死去により、理事長に就任。COMLでは、電話相談や各種セミナーなどを積極的に実施。このほか、厚生労働省をはじめとした各種検討会の委員としても幅広く活動している。
日経グッデイ春割キャンペーン