日経グッデイ

病気にまつわる数字の話

「治験に参加しませんか?」と言われたら

治験のメリット、デメリットをどう考える?

 北澤 京子=医療ジャーナリスト

「5年生存率」「検査陽性」「基準値」「平均余命」「リスク」…。皆さんは、ニュースで見かける健康・医療関連の数字の意味を、正しく理解していますか? 病気にまつわる「数字」について、誤解しがちなポイントを分かりやすく解説するとともに、数字の読み方、解釈の仕方についても、わかりやすく説明します。

 臨床研究コーディネーター(CRC)という職種をご存じでしょうか。CRCとは、新薬開発のときに行われる治験などの臨床研究を行う際に、研究者(多くは医師)と被験者(患者)をコーディネートする人のことです。被験者に臨床試験について分かりやすく説明する、被験者の診察時にフォローする、研究で得られたデータを管理する…など様々な業務を行います。中でも被験者への説明は、CRCが関わる重要な仕事です。

とりわけ重要なインフォームド・コンセント

治験に関する説明文書には、「わかりにくい」という声も少なくない。(Bruce MacQueen/123RF.com)

 臨床研究では、通常の診療と同じかそれ以上に、インフォームド・コンセントが重要です。自分の病気を治療するために病院や診療所を訪れる患者に対して、研究の被験者になってもらえないかと依頼するわけですから、医療者は「そもそも研究とは何か」「通常の診療とどう違うのか」「具体的にどんな研究をするのか」などを分かりやすく説明しなければいけませんし、患者の側も、その説明を注意深く聞き、分からないことがあったら質問したりして、十分に理解した上で参加するかしないかを決める必要があります。

 現在の治験のルール(新GCP)では、被験者への説明は文書を用いて行うことになっており、説明に盛り込む項目も決められていますが、説明文書が分かりにくいという不満が少なくありません。患者にとっては耳慣れない医学用語が多いことに加え、「プラセボ」とか「二重盲検」といった臨床試験の“業界用語”が理解しにくいためです。

 ちなみに、プラセボとは、有効成分を含まない偽薬のことです。研究中の新薬の効果を確かめるために、比較対照として使われることがあります。また、新薬を投与するグループとプラセボを投与するグループの比較を行う際、処方する医師も、される患者も、どちらの薬を使っているのかがわからないようにして進めるやり方を二重盲検法といいます。これは、比較の客観性を高めるための手法です。

治験にはメリットもあればデメリットもある

 CRCには、説明文書を補足する意味でも、より分かりやすく、かつ正確に伝えることが求められています。この点に関して、9月に開かれた「CRCと臨床試験のあり方を考える会議」のシンポジウムで、あるベテランのCRCの方が、「治験に参加することのメリットとデメリットの両方を伝えるようにする」と発言されているのを聞き、なるほどと思いました。

 治験に参加すれば、今はまだ承認されていない新しい治療法を試すことができます。これはメリットと言えるかもしれません。特に、今ある治療法で効果が見られない場合は、期待が膨らみます。 

 一方で、その新しい治療法には、思わぬ副作用があるかもしれません。これはデメリットと言えるでしょう。また、プラセボを対照とする試験の場合、自分がプラセボに当たるかもしれず、これをデメリットと感じる人もいるかもしれません。でも案外、プラセボであっても、本物と信じて飲めば効果があることもあります(プラセボ効果)。

 なのは、メリットとデメリットの両方がある(メリットだけ、あるいはデメリットだけといった単純な○×ではない)ことを患者に伝え、患者もそれを認めた上で、比較することです。比較の結果どちらにするかは、患者の自由意思で決めるべきことです。

薬の「見える化」に役立つドラッグ・ファクト・ボックス

 比較することの重要さは、治験に限りません。アメリカで考案されたドラッグ・ファクト・ボックス(Drug Fact Box)は、薬の効果と副作用を並べて示し、メリットとデメリットを比較しやすくしました(表)。

(出典:『病気の「数字」のウソを見抜く』日経BP社、2011年、一部改変)

 表は、ルネスタという薬の臨床試験の結果をまとめたものです。ルネスタを使用した方が寝入るまでの時間が短く、睡眠時間も長かった(メリット)半面、不快な味、感染症、めまいといった副作用(デメリット)も多く見られました。ドラッグ・ファクト・ボックスのポイントは、単に「多い」とか「少ない」ではなく、それぞれに数値が付いていて、どのくらい多いのか、あるいは少ないのかが数値で示されている点です。こうして見ると、メリットとデメリットがより比較しやすくなります。

 ドラッグ・ファクト・ボックスの考案者は、できるだけ早く公的に導入するよう、国(FDA:米国食品医薬品局)に働きかけています[1]。日本でもこのような患者用の薬の説明文書があればよいとい思います。

[1] Schwartz LM, Woloshin S. PNAS 2013; 110: 14069-74. http://www.pnas.org/content/110/Supplement_3/14069
北澤京子(きたざわ きょうこ)
医療ジャーナリスト・京都薬科大学客員教授
北澤京子(きたざわ きょうこ) 著書に『患者のための医療情報収集ガイド』(ちくま新書)、訳書に『病気の「数字」のウソを見抜く:医者に聞くべき10の質問』(日経BP社)など。(撮影:直江竜也)