日経グッデイ

病気にまつわる数字の話

上の血圧が145でも元気。あなたは病院に行きますか?

人間ドック学会の基準値報道で見えてきたこと

 北澤 京子=医療ジャーナリスト

「5年生存率」「検査陽性」「基準値」「平均余命」「リスク」…。皆さんは、ニュースで見かける健康・医療関連の数字の意味を、正しく理解していますか? 病気にまつわる「数字」について、誤解しがちなポイントを分かりやすく解説するとともに、数字の読み方、解釈の仕方についても、わかりやすく説明します。

 しばらく前の話になりますが、日本人間ドック学会が2014年4月に公表した新しい「基準範囲 」(表1)は、マスコミでも多く取り上げられました。血圧値や血糖値など、よくある検査の多くで、現行の基準値より緩めの値が示されたからでしょう。

表1◎ 日本人間ドック学会が示した基準範囲の例
注)「今の基準値」とは、日本人間ドック学会が定める基本項目で「異常なし」とされる範囲(日本人間ドック学会の資料より抜粋して引用)
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 例えば、収縮期血圧値(いわゆる「上の血圧」)に関しては、下限88~上限147(今の基準で「異常なし」と判定されるのは、下限なし~上限129)、拡張期血圧値(いわゆる「下の血圧」)に関しては、下限51~上限94(同、下限なし~上限84)でした。素直に読むと、例えば血圧値が145/92mmHgの人は、今の基準では「異常なし」と判定してもらえませんが、今回発表された基準範囲には収まっていることになります。

逆は必ずしも真ならず

 そもそもこの基準範囲とは、どのようにして求められたものなのでしょうか。

 同学会の説明によると、2011年に人間ドックを受診した約150万人のうち、過去にがんなどの病気にかかったことがない、病気の治療のために薬物を常用していない、喫煙していない、といった幾つかの条件をすべて満たす約34万人をピックアップし、さらにその中から、基本検査9項目のデータが極端に高かった人と低かった人の両方を除外して、その時点で「超健康人」と考えられる約1万~1万5000人の検査値を調べたということです。

 ここで気を付けないといけないのは、「逆は必ずしも真ならず」ということです。

今の血圧値で健康であっても、将来ずっと健康であるか否かは別の話。(© Tsuboya - Fotolia.com)

 仮に「超健康人」と判定された人の血圧値が145/92mmHgだったとしても、それは必ずしも、145/92mmHgの人を「超健康人」と判定する根拠にはならないのです。今回の調査では、「超健康人」に判定された人とされなかった人との比較がなされていません。そのため、超健康人に判定されなかった人の中に145/92mmHgの人がいるかどうかが分かりません。ましてや、現在の血圧値が、「今後もずっと“超健康”である」ことの保証にはなりません。

将来のリスクを知るには「横断研究」では不十分

 今回の調査のように、ある1時点でのデータを調べる研究のことを「横断研究」と言います。一方、時間の経過を追って、スタート時点である条件を満たす人が、その後どうなるかを調べる研究のことを「縦断研究」と言います。

 一般に、将来の病気のかかりやすさ(リスク)がどのくらいあるかを知るためには、「横断研究」では不十分で、「縦断研究」が必要とされています。例えば、日本高血圧学会が作成した高血圧治療ガイドライン2014 によれば、診察室で測定した血圧値が140/90mmHgを超える場合に高血圧と判定することにしています。これは、「縦断研究」の結果、血圧が高い人は低い人に比べて、脳卒中や心筋梗塞といった心血管系の病気で死亡するリスクが相対的に高いことが分かったからです(表2)。

表2◎ 血圧区分と心血管死亡との関係
血圧区分=Ⅰ:120/80未満、Ⅱ:120-129/80-84、Ⅲ:130-139/85-89、Ⅳ:140-159/90-99、Ⅴ:160-179/100-109、Ⅵ:180/105以上(文献:J Hum Hypertens. 2003; 17: 851-7.)
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「患者」になるかどうかは受診するかどうかで決まる?

 ですが一方で、今回の調査で「超健康人」と判定された人、要するに「今はどこも悪くない人」の中に、血圧値が145/92mmHgの人がいる可能性があるということが分かったことも、重要な情報だと思います。145/92mmHgの人は、もしも病院にかかったら高血圧と診断される(=高血圧「患者」になる)かもしれませんが、気になる症状がないのにわざわざ病院に行くことは考えにくく、そして、病院に行かなければ高血圧と診断されることもありません。

 つまり、145/92mmHgの「人」が高血圧の「患者」になるかならないかは、病院に行くか行かないかで決まることになります。

 たとえ気になる症状がなくても定期的に人間ドックに行くべきと考えるか、気になる症状がないのなら行かなくてもよいと考えるかは、必ずしも医学上の理由だけでなく、一人ひとりの考え方も関係するでしょう。自分は病気かもしれないという不安に煩わされることなく毎日を過ごしたいと願う人が多いからこそ、“緩め”の値に関心が集まったのではないかと思います。

 「どこも悪くない」ことを確認するために人間ドックに行くタイプと、「どこか悪いかもしれない」と言われるのがイヤで人間ドックに行かないタイプ、あなたはどちらですか?

北澤 京子(きたざわ きょうこ)
医療ジャーナリスト・京都薬科大学客員教授
北澤 京子(きたざわ きょうこ) 著書に『患者のための医療情報収集ガイド』(ちくま新書)、訳書に『病気の「数字」のウソを見抜く:医者に聞くべき10の質問』(日経BP社)など。(撮影:直江竜也)