年とともに増えてくる「もの忘れ」。多少のもの忘れなら誰にでも起こることとはいえ、「できるだけ防ぎたい」のは誰しも共通の思いでしょう。幸福薬局の薬剤師、幸井俊高さんは、「漢方では、五臓の腎、心、肝の機能が失調すると、脳の機能が低下し、もの忘れが生じると考えます。これらの機能を調整することにより、もの忘れを改善していきます」と話します。
「年とともにもの忘れがひどくなってきました。おかげさまで大病を患ってはいませんが、この先、認知症になって周りに迷惑をかけることになるのは避けたく、心配です」

70歳の女性です。杖をつくほどではありませんが、腰や膝がだるく、力が入りません。からだが冷えます。頻尿でトイレが近いです。昼間も眠く、よくソファでうとうとします。舌は白く湿っており、その上に白く湿った舌苔が付着しています。
もの忘れは、誰もが経験することであり、人の名前などの固有名詞がなかなか出てこない、ちょっとしたことが思い出せない、など多少のもの忘れなら誰にでもあることであり、とくに心配することはない症状です。もの忘れをすることは当然、年齢とともに増えますが、これはごく自然なことですし、若いときでももの忘れをすることは、ふつうにあります。
もの忘れのことを、健忘ともいいます。健忘の健は、程度が非常に強い、という意味です(健闘、など)。健康、健脚などに使う健のように、からだが丈夫である、という意味とは違います。
もの忘れ(健忘)の程度が増えると、認知症ではないかと心配する人が多くいますが、もの忘れ(健忘)と認知症とは別物と考えるべきです。加齢に伴うもの忘れの増加は、脳の機能の老化による自然な現象です。
しかし、急にもの忘れ(健忘)がひどくなった場合や、周囲の人と比べてもの忘れがひどい場合など、加齢とは別の要因でもの忘れが増えた場合は、なにか体調の悪化があるかもしれません。ふつうの人よりももの忘れの頻度や程度が高い人は、軽度認知障害(MCI*1)とも呼ばれます。
記憶には段階があります。それは、(1)覚える→(2)保持する→(3)思い出す、という3ステップです。このうち、たとえば先月くらいに会ったことは覚えているけれどもその人の名前が思い出せない(3ステップのうちの(3)の機能が低下している)状態が「もの忘れ(健忘)」で、会ったことさえ覚えていない(3ステップの(1)から(3)まですべて機能低下している)状態が「認知症」です。
もの忘れ(健忘)や認知症と関係が深いのは、五臓の腎、心、肝
漢方では、脳の機能と関係が深い五臓の腎(じん)、心(しん)、および肝(かん)の機能を調整することにより、もの忘れ(健忘)を改善し、認知症の予防をしていきます。
腎は、生きるために必要なエネルギーや栄養の基本物質である精(せい)を貯蔵し、人の成長・発育・生殖をつかさどる臓腑です。さらに「髄を生じ、脳に通じる」臓腑として、脳と深く関係しています。
心は、心臓を含めた血液循環系(血脈)と、人間の意識や判断、思惟などの人間らしい高次の精神活動(神志:しんし)をつかさどる臓腑です。大脳新皮質など高次の神経系と深く関係しています。
ストレス性のもの忘れ(健忘)は、肝と深い関係にあります。肝は、からだの諸機能を調節し、情緒を安定させる働き(疏泄:そせつ)を持ちます。自律神経系と関係が深い臓腑です。
これら腎、心、肝の機能が失調すると、脳の機能が低下し、もの忘れ(健忘)が生じます。そしてこれらの機能を調えておくことが、認知症の予防に役立ちます。
なお、前述した軽度認知障害からは年間で10~15%が認知症に移行するとされています。もの忘れが気になるようでしたら、そのまま放っておかず、漢方薬で体質改善をするなどして、将来の認知症の予防に役立てるといいでしょう。