日経グッデイ

立川らく朝の「わかっちゃいるけど…」

出血大サービス

胃潰瘍とピロリ菌のはなし

 立川らく朝

健康に気をつけるべき、体に悪い習慣は改めるべき、とわかっていても、「そんなの無理だよ、できないよ」というのが、日々忙しく働く人たちのホンネ。落語家であり医学博士でもある立川らく朝さんが、現代社会に生きるビジネスパーソンへの共感を込めてつづる健康エッセイ。読んでほっこり癒されて!

(イラスト:つぼいひろき)

「おまえ、昨日の会議で部長にかなりやられてたなあ」

「俺、頭来てな、帰りに隣の飲み屋で部長の悪口をさんざん言ってたんだよ。そうしたら部長が店に入ってきちゃってさ」

「じゃあ、慌てたろ」

「ちょうどビール飲んでる時だったからさ、泡食っちゃった」

 ストレス解消にヤケ酒、よくあることです。忘れてしまいたくなるようなストレスなんか毎日ある、って方少なくないですよ。じゃあストレスを解消するったって、ナニするかは難しい。会社から家に帰りつくまでのわずかな時間内に解消したいじゃないの。家で女房に八つ当たりでもしたら、後でこっちが酷い目にあうしさ。もう飲むしか手がないじゃないの…分かるなあ。それはよーく分かるんですけど、でも気をつけて、そんな方は知らないうちに胃潰瘍ができてるかもしれないんですね。胃潰瘍の怖いところは、痛みがないまま進行して、いきなり吐血することがあるんです。これ、下手をすると緊急手術なんですから。

 「ストレス潰瘍」という言葉があるくらい胃袋はストレスに弱いんです。毎日ストレスまみれになって、ひどい胃潰瘍ができてるのに気が付かずに「おい、みんな飲みに行こう」なんて部下を連れてヤケ酒。無理に誘って愚痴を聞かせて、挙げ句に部下に支払いまでさせるわけにいかない。「今日は全部俺のおごりだ」「課長、いいんですか」「いいんだよ、今日は俺、出血大サービスだ」って、突然お店で血を吐いて、これ本当の出血大サービスになっちゃう。救急車で病院に運ばれて、居酒屋で自腹を切ったあとは、今度は手術室で自腹を切ったなんて、洒落にもならないですからね。

 潰瘍というのは、表面の細胞が壊れて中の組織がむき出しになった状態。ちょうどスコップで壁を掘ったような、ひどい有様になってるわけですが、どんどん掘っていくとその下には血管がある。とくに動脈が傷つけば、これはもう大出血することになるわけです。

 ご存じのように、胃の中には胃酸が分泌されています。胃酸ってね、金属をも溶かしてしまうくらいの強烈な酸なんですよ。じゃあどうして胃の細胞は胃酸で溶かされないかというと、胃の表面には胃粘膜という胃壁の細胞を守る物質がバリアーのように覆っているんですね。ところがこのバリアーが壊れたら、胃の細胞はたまらないですよ。胃酸に溶かされて、まるでスコップで掘られたかのごとくやられちゃう。ひとたび胃壁の表面がむき出しになると、いきなり弱くなる。掘れると弱い、こういうのを「ホレた弱味」という…あまり当てにならないけど。

 つまりですね、この胃のバリアーを壊す原因はみんな胃潰瘍の原因になるわけ。ストレスしかり、お酒の飲み過ぎも刺激物も、みんな胃の粘膜を荒らすわけですよ。ところが近年になって、もっともっと胃に悪さをするとんでもないものが見つかりました。それは細菌、名前はヘリコバクター・ピロリ。これが皆さんご存じの、ピロリ菌ですよ。

電車の中のピロリ菌

 ピロリ菌は胃の粘膜中で生きてるのですが、あの強烈な胃酸に溶かされないように、ウレアーゼという酵素を体の外に出してアンモニアを作っているのです。アンモニアは強力なアルカリだから、これで胃酸を中和して、自分の周囲だけは中性の居心地のいい環境にしているんですね。このようにピロリ菌がすみつくことで、粘膜が傷ついたりして胃潰瘍、さらには十二指腸潰瘍の原因になるといわれています。

 ところで、こんなピロリ菌みたいな奴って、私たちの周りにも結構いますよ。電車の中でもそう。携帯でしゃあしゃあと無駄話をしたり、イヤホンからシャカシャカと苛立つ音を出したりして、自分の周囲だけ居心地良くしてる。そんな奴が一人でもいると、周りがみんなイライラして胃潰瘍になっちゃう。こんな勝手な連中いるでしょう、あいつらみんな電車の中のピロリ菌だあ。

 悪いやつでしょうピロリ菌、でももっと悪いことをすることが分かってきました。なんと胃がんの原因にもなっているんです。じつは戦後に衛生状態が良くなってから、日本人のピロリ菌の感染率は減ってきていて、60歳代以上では約6~7割も感染していますが、なんと今の10代だと、悔しいことに1割以下なんだそうです。ということはですよ、働き盛りの年代は、結構ピロリ菌を持ってることになるわけですよ。しかもね、仕事してたら、しょっちゅうストレスはあるし、ピロリ菌だって感染したくて感染したんじゃないし、「もう、どうしてくれるんだ」ですよね。

 今では除菌といって、ピロリ菌を駆除することが健康保険でできるようになりました。胃潰瘍や十二指腸潰瘍に悩む方、胃がんが気になる方は除菌の可能性も考えてみてはいかがでしょうか。ついでにさ、電車の中のピロリ菌を駆除する薬、誰か開発してくれないかなあ。

らく朝築地独演会のお知らせ
築地本願寺ブディストホール(東京)
第24回 2014年12月16日(火)19:00開演
第25回 2015年1月16日(金)19:00開演
お申込みはオフィスらく朝(03-6661-8832)、詳細はHPで。

BS日テレ毎土曜日「Dr.らく朝笑いの診察室」放送中。
ラジオNIKKEI第3土曜日「大人のラヂオ」パーソナリティ。
立川らく朝(たてかわ らくちょう)
落語家(医学博士)
立川らく朝(たてかわ らくちょう) 1954年1月26日、長野県に生まれる。1979年、杏林大学医学部卒業。慶応義塾大学医学部内科学教室へ入局。主として脂質異常症の臨床と研究に従事。慶応健康相談センター(人間ドック)医長を勤める。
2000年、46歳にして立川志らく門下に入門、プロの落語家として再出発する。
2004年、立川流家元、立川談志に認められ二つ目昇進。医学博士でもある立場を生かし、健康教育と落語をミックスした「ヘルシートーク」、「健康落語」、「落語&一人芝居」という新ジャンルを開拓。マスコミなどで評判となり全国での公演に飛び回る毎日。また「健康情報を笑いを交えて提供する」というコンセプトで全く新しい講演会を精力的に開催。2015年10月1日付で真打昇進。笑いと健康学会理事。日本ペンクラブ会員。公式HPはこちら
(写真:増田伸也)
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